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大きな地震がなければ
出会うことのなかった人達
小さな小さなご縁ですが
大切にあたためて
いつか一輪の花を咲かせることができたらと
願っています。

木篭の諏訪神社 ケータイ投稿記事

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松井さんの木篭集落の氏神様も諏訪神社で、地震で被害が出ましたが、災害復興基金で神社の再建がなされました。
お社の横に立ち聳える大きなケヤキの木は市の文化財指定を受けているような立派な木で集落の誇りですが、今年は芽を出すのが遅くて心配したそうです。

昨年来た時は木の鳥居が立っており、十年に一度ぐらい山からみんなで木を切り出して立て直していたそうですが、今年見ると石の鳥居に変わっていました。誰かお金を出して寄付する人がいたとのことです。

夏の盆踊りもこちらの境内で行われるそうです。

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今回中越へ そして山古志へ行った一番の目的はもちろん闘牛名人松井治二さんに会うためです。
昨年松井さんと感動的な出会いを戴き、その時松井さんがおっしゃった「私達が伝統文化を守ったのではなく、伝統文化が私達を守ってくれたのです。」というお言葉を聴いて、私は被災地に対して何も力にはなれないけれど、私の方こそ山古志に学ばせてもらおうと思ったのです。

山古志に入った私に松井さんから携帯に電話があり、今どこですかとお尋ね下さいました。私が車でなけれは迎えに来て下さるお心づもりで携帯電話でまず迎えて下さったのでした。
私は松井さんのお家にお伺いし、いろいろまたお話を聴かせて戴くことが出来ました。


松井さんが地震まで暮らしていた家は地震には持ちこたえましたが、土砂崩れで芋川がせき止められ、集落ごと水没したのです。今も土砂で埋もれ二階が一階のように見える家屋がいくつかそのまま置いてあります。松井さんの現在の家はその埋もれた集落のあとを見下ろす新しい造成地に建てられています。


牛の角突きの伝統文化が祖先が残してくれた財産だとしたら、これを次に伝えられる形にしないといけない、今までは村の中だけの楽しみだったがこれからは広い分野でささえてもらえる形にしないといけないと松井さんは言われました。


闘牛のコツを尋ねると、松井さんはこちらの考えでしない 牛の考えでする 牛のようにゆっくりと取り組むことですと言われました。


そして何の得にもならない牛のことを一生懸命やって馬鹿かと思うが誇りのある プライドのある馬鹿になりたいと松井さんは言われました。
今回も心にたくさんのプレゼントを戴いた松井さんとの出会いでした。

山古志での御製・御歌 ケータイ投稿記事

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昨年の九月天皇皇后両陛下が新潟県に行幸啓された折、山古志にお越しになられています。

竹沢公営復興住宅の敷地から棚田の様子をご覧になられたほか、私も昨年お目にかかって感動を戴き今回もお会いした松井治二さん達が共同経営している牛舎をご覧になり、松井さんから闘牛についての説明をお受けになられたとのことで、当初二十五分の予定が四十五分に延長され、両陛下の山古志に寄せられた思いの深さを感じさせて戴きます。
そして御製と御歌を残しておられます。

天皇陛下御製

地震により谷間の棚田荒れにしを痛みつつみる山古志の里

なゐにより避難せし牛もどり来て角突きの技見るはうれしき

皇后陛下御歌

かの禍ゆ四年を経たる山古志に牛らは直く角を合はせる

虫亀の諏訪神社 ケータイ投稿記事

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山古志に入り、まず虫亀の諏訪神社に参拝。山古志の復興と平安を祈念しつつ大祓詞を奏上しました。


こちらのお宮は長岡市中央部にある平潟神社が兼務されておられるようです。
中越地方も諏訪信仰がさかんで平潟神社のご祭神も諏訪大明神(健御名方富命)です。
今回平潟神社にもお参りさせて戴きましたが、中越地震で大きな被害を受ける中立派な鳥居が再建されていました。
平潟神社は戦災で社殿境内が焼失 境内で多数の方が亡くなられたそうで、戦後の復興にご苦労があったようです。
土生に帰ってから平潟神社の奥様よりお電話を戴き、「復興、復興の連続でただ形を整えるのに精一杯で中身が何も出来ていないのです。」と謙虚におっしゃられましたが、神社を復興して来られた並々ならぬご努力の賜物である現在の神社のお姿に神様の魂も安心して鎮まっておられ、戦災や震災を潜り抜けて来られた長岡の町の人達の大きな心のよりどころになっていることを確信しました。


その平潟神社が兼務されている山古志虫亀の諏訪神社ですが、山古志では十四ある集落のすべてにお宮が祀られ、地震の被害より美しく復旧しています。
この虫亀の諏訪神社の横に虫亀闘牛場があります。
山古志には四ヶ所の闘牛場がありますが、現在使われているのは池谷闘牛場一カ所で山古志闘牛場と呼ばれています。ただ今年は山古志闘牛場を改修するということで、その工事の間虫亀闘牛場が使われることになっています。
山古志の闘牛はもともと神事ですから、闘牛と神社も切っても切り離せない関係にあります。
写真三枚目の赤い鳥居の向こうに闘牛場が見えます。


諏訪神社の裏の小高い場所には地震で倒壊しただろうと思われる忠魂碑などが復旧して建ち並べられ、震災碑も建てられていました。

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