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私は日本でも五本の指に入るのではないかと思われるほど暇な宮司ですが、地域の神社を守るためなるべく留守になどしないようにしてご参拝される方に挨拶させて戴くようにしています。また兼務社の方にも連絡があればとんでいきます。
でもあまりご祈祷などの仕事のない時期は神職として、一人の人間として災害被災地など応援の気持ち、助け合いの気持ちで訪問させて戴いています。その間留守になったりするのは申し訳ないことですが、それは被災地のためだけでなく、こちらの地域の神社を守るためでもあります。
もしも私が家庭を持っていたらこんな生き方は出来ないかも知れません。
収入があまりない神社ですから、自分の生活を優先させると神職は兼業ということになり、地域の神社は衰退する一方ということになります。
私事ですが、私の二十代は精神的に不安定で臨済禅の大学を卒業したものの社会に飛び出していくこともなく実家の神社で兄のもと神様に奉仕する人生を歩み始めました。
それは実家とはいえ、居心地がいいというものではなく、自分のほんとの居場所を求めて施設の障害を持たれた方と関わったり、釜ヶ崎のホームレスの方を応援する活動を支援したりとボランティア活動に溺れていったのです。相手のためより自分の居場所を探していたのです。
そんな中阪神淡路大震災が起き、神戸に通うことになりましたが、厳しい現実に直面している被災された方々と向き合ってみて、自分は世間知らずで一人の人間として相手の方と向き合う難しさを感じたのです。
今までボランティアなんて言ってきましたが、自分の立場から人を助けて自分の居場所をつくろうとしていただけで相手の立場に立って考えたことがなかったことに気づかされたのです。
ボランティアでは私の場合一人の人間として相手と向き合っていけないし、自分の居場所も見つけることは出来ないことを知りました。
そんな時運よく私は実家の神社の氏地と隣接する地域の神社のお手伝いをするようになり、やがて私はその神社の宮司に就任することになりました。
単なるボランティアではなく宮司として地域の神社を守るために一生懸命に奉仕させて戴き、地域とも関わらせて戴いてきました。
そして六年が経過し、少しは地域の方にも認めて戴き、地域の神社に対する認識も高まってきたのではないかと感じています。
しかし宮司になっても世間知らずで、おまけにこの年になっても独身です。
神道の基本は家庭を持って祖先からの家の伝統地域の伝統を受け継ぎ次代に伝えることです。
それが出来ていない人間が宮司を勤めて神社を守っていくのには限界があります。一人暮らしでは何から何まで自分でせねばならず、落ち着いて十分に神様にお仕え出来ない部分も出てきます。
やはり地域の神社を守るためにも小さな灯をそっとともして共に歩んでくれる人と家庭を持ちたいと思います。よろしくお願い申し上げます。
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