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先週神職有志で集まってしている勉強会稽古照今の会で今年初めて豊中の稲荷神社に行きました。
境内に相撲部屋の幟があがっていました。もうすぐ大阪場所ですね。大相撲が日本古来の心と道を大切にする本来の姿に早く戻ることを願わずにはおれません。
会で戴いた本田霊学に関する文章の一節を引用しておきます。
『禅の修行者はこの肉体の「私」が「真の私」とは思っていないからこそ「自我」を滅し、心(魄)を鎮め「無」になることによって真我を悟り、道を究めようと修行する訳である。だが実は、神霊との邂逅無しには座禅のみでは決して「真の我れ」に目覚めることは出来ない。座禅による仏の悟りは「吾れ・心(魄)の悟り」なのであって、神道の場合のように「神の覚り」「神から受けた覚り」では決してないのである。仏教の教えの根本は「一切唯心造」とか「心外無別法」などと説かれるように「無神論」である。このように、仏者の悟りというものは神道における如き「神界における無形の中の覚り」とはおよそ天淵の差があるということを知らねばならない。たとえば本田翁が伝えた鎮魂の法は自己の霊魂を運転し活用し、神霊と直接して神界に入り、神より神教を賜るというものであり、座禅などのような単なる鎮めだけとはまったく異なるのである。
「神霊に直接し、神教を賜る」ことこそが神道の本質なのであるが、今日これを失い果ててしまっているという状況こそが、日本の危機を生み出している元凶であると言えよう。』
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