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土生神社・森からの手紙・平成二十三年陽春号
神様に人と人が助け合う姿を捧げる時
土生神社宮司 阪井健二
平成二十三年三月十一日午後二時四十六分。歴史に刻まれることになったその時刻。
東北関東大震災で犠牲となられました方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に被災されまた避難されている皆様にお見舞い申し上げます。今後の日々の平安と一日も早い復興をお祈り申し上げます。
それにしても地震の後間もなく襲ってきた津波が家々や田畑をいとも簡単に呑み込んでいく様子をテレビの画面でリアルタイムで目撃することになるとは。テレビ画面を見ていた誰もが早くあの波を止めてくれと思い、これは大変なことが起きていると感じたに違いありません。
そしてこれまで見たことのない甚大かつ広範囲の震災の被害が伝えられるにつれ、これもまた誰もが何か被災地を助けたいという気持ちを抱いたに違いありません。実際この泉州からも震災直後福島県に入り津波現場で救援のボランティアをしたという人が土生神社に訪ねてこられました。居ても立っても居られなくなって飛んで行ったのでしょう。私も行っても何も役に立つことはないとわかっていても同じような気持ちでしたが、さすがに一人奉仕の神社を急に留守にして出かけるわけにはいきません。せめて現地で救援活動をする人達の後方支援をしようと募金活動をすることをすぐに決めました。
その委託先の一つは阪神淡路大震災以後国内外の被災地の救援また復興支援活動をしてきた神戸の災害救援のNGO・被災地NGO協働センターです。代表の村井雅清さんには土生神社で何度も地域防災や災害救援のお話をして戴いていますし、昨年の創建九百二十年記念行事では足湯隊の活動を披露して戴きました。
今回の震災では地震当日の夜先遣隊が神戸を出発して翌日の午後には宮城県に入って活動を始めました。足湯を行ったり、新燃岳で被災している地域の野菜を使った炊き出しなどこれまでの豊富な経験を生かした活動を被災地で展開しています。十九日の朝NHKテレビのニュース深読みに出演された村井さんは素人だから何も出来ないと思うのでなくいろんな形で多彩に寄り添う気持ちが大切だと発言されました。
一方被災地である仙台で私達の神職の仲間である立岡学さんが以前からホームレス支援のNPОワンファミリー仙台を立ち上げて活動しており、一昨年土生神社に訪ねてきて戴いたことがありました。震災後は日頃の経験を生かした炊き出しや避難所への物資の輸送 行政との交渉など被災者支援に奔走されておられるようで、その活動に対してもせめてエールを送る気持ちでカンパを送ろうと思いました。
とりあえず震災後三日目四日目と拝殿で募金活動したところ次々と氏子さんが募金協力に来て戴き二日間で二十五万円を超えました。
またその後も協力が続き、十七日に行われた宮座の座老さんの懇親会では自主的に座老さんが募金して戴き、会場の犬鳴山・み奈美亭さんからもご協力を戴きました。また、八尾市のいずみ苑さんや住之江の高砂神社さんなどご縁のある皆様のご協力が寄せられています。皆様の心のこもったご協力は被災地で活動する団体を通じて被災された皆様に届けられています。ありがとうございます。
神社の被害というのも甚大で神社界としてもさまざまな支援活動を展開 たとえば大阪府神社庁では府下の神社に呼びかけて救援物資を集め被災地の神社庁を通じて地域に配布する活動をしています。
神道青年全国協議会の青年神職も被災地に入ってめざましい活動をしていますが、ОBである東京・下谷神社の阿部宮司さんも震災直後から被災地に入って救援物資を宮城県護国神社に集積し地域に配布する活動に奔走されています。いつもながら行動力のある阿部宮司さんの活動にもエールを送る気持ちで少しだけですが協力をさせて戴きました。
私は豊岡の水害でボランティアに行った時、地区公民館の館長さんが「こんな大きな災害に遭ったのは初めてです。それにもましてこんな大きな助けを他人から戴いたのは初めてです。」と涙を流しながらお話をされたのを忘れることが出来ません。この度の東北関東大震災は日本人が遭った最大の災害かも知れません。それだけに最大の助け合いが求められている時だと思います。それは一部の人間が特別に頑張って大きなことをしても出来ることではありません。一人一人がどんなにささやかでも心のこもった支援をして力を合わせてこそ出来ることだと思います。大きな災害だからこそ一人一人の小さな心のこもった支援が大切なのです。
岩手県遠野市にボランティアの拠点を作りそこから被災地にボランティアを送り込むしくみを作るという村井さんが遠野からお電話を下さり、このあたりも神様を大切にされる地域でありその部分でまた阪井さんもつながって戴けたらと言われました。
生きていることを無意味に思うことと自分さえよかったらと思うことは最大のけがれです。生きていることを大切に思い、人と人が助け合って生きることこそ清らかで人間本来の姿であるように思います。そんな本来の姿に少しでも立ち返られますように人と人が助け合う姿を今こそ神様に捧げなければ、この地震・津波の天災、更には原発の人災を鎮めることは出来ないと思います。
土生神社にいつもお参り戴いている方の中にもこの度の震災の宮城県の津波で身内を亡くされた方がおられ、こんなことってあるのですかと言葉を詰まらせられ、私も言葉を失いました。たとえ身近にそんな人はいなくても今回の震災は日本全体で受け止めていくべきこと、遠い被災地でなく私達の地域のまちづくりの一環として支援活動 助け合いの活動をしていくことが求められていると感じています。神社からもささやかな活動を継続していきますのでご理解ご協力を今後ともよろしくお願い申し上げます。
災害は一時のことであり、ふだん私達はそれ以上の大きな恵みを自然から戴いて生活しています。こんな時こそあらためて自然への感謝と助け合うことの大切さを心に刻み、その心のよりどころである神社を見直していきたいと思います。そしてこの神社から助け合いの心を被災地へ また全国に伝えていきたいと願っています。
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