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土生神社・森からの手紙・平成二十四年仲秋号
今年の例大祭を迎えて
宮司 阪井健二
今年も秋祭の季節がやってきました。いうまでもなく神社にとっては一年で最も大切な例大祭です。。今年は九月三十日(日)地車試験曳行 六日(土)宵宮 七日(日)本宮の予定になっています。
いつも一番身近で見守って戴いている氏神様と、そしてどんなに社会が変わり町が姿を変え暮らし方が変わっても私達の生活が地域の先人のご労苦の上にあることは変わらないことであり地域の先人に対する感謝の気持ちもこめて今年も安全に楽しく麗しい御祭が行われますように願っています。
地域が激変していく中で毎年変わりなくお祭りが行われることは地域の人の大きな心のよりどころになるはずです。お祭りを行うことを通して大切なことは変わることがないということを見つめる機会ができると思います。それは私達が時には災害となる自然の恵みを戴いて生きがら助け合って生きることの大切さ 自然との共生と地域の絆 感謝と思いやりの気持ちがこのお祭りを行うことのなかに込められ伝えられてきていると感じるからです。
お祭というとだんじりの曳行に関わっている人だけのもののように思われがちですが、氏神様の例祭ですから氏子すべての 地域全体のお祭です。例祭の日には氏子であればだんじり曳行に直接関わっておられなくてもふだんお守り戴いている感謝の気持ちを新たに氏神様にお参りすることが大切です。だんじりに関係していないからといってお祭を他人事に思わないで戴きたいのです。だんじりを見るにしても氏神様への感謝の気持ちをだんじりに託す気持ちで見て戴くとお祭に対する気持ちが違ってきます。だんじりを曳行する人だけが楽しんだり参加している気持ちを持つお祭でなく、氏子のすべて 新住民の方も含めた地域の人すべての心がもっと参加しているお祭りになればもっとすばらしい意義のあるお祭になり、神様にも喜んで戴けるのではないかと思います。
近年は各地で災害が相次ぎ防災が声高に叫ばれていますが、その前にもっと大切なことは私達がどれだけ大きな恵みを自然から戴いて生きているかに気づいて感謝の気持ちを持つことではないかと思います。毎年お祭になるとお話することですが、災害になって大騒ぎになるのなら毎日自然から大きな恵みを戴いていることに大騒ぎしないといけないわけですがそんなことはできないので一年に一度日を決めて感謝の気持ちを現すのがお祭りです。お祭という一年に一度のことではなく、日々の感謝の気持ちが本来現されたお祭ですからお祭の継承にも日々の感謝の気持ちがとても大切ということになります。
昨年の九月紀伊半島を襲い大きな被害をもたらした台風十二号からちょうど一年となりましたが、私も昨年のお祭の後一度だけ那智勝浦町に被災された家屋の泥出しのボランティアに寄せて戴きました。那智勝浦町は言うまでもなく熊野三山のひとつ那智大社がある場所であり、那智大社にも大きな被害がありましたが、那智谷では町長の奥様とお嬢様を含む二十九名の方が犠牲となりました。この土生町もかつて熊野三山への参詣で賑わった熊野古道が通過し土生神社の創建も白河法皇の熊野参詣に由来すると伝わります。土生神社ともゆかりのある熊野地方の災害はとても気になりました。その後那智谷水害犠牲者遺族会が出来て代表の岩淵三千生さんと交流が生まれ、災害から一年となる九月四日那智勝浦町の慰霊祭に参列し土生神社で集めた支援金とメッセージを遺族会にお渡ししました。
熊野の大自然に対する畏敬の心から熊野三山の信仰が生まれその歴史と土生神社や土生町もつながっているわけですが、自然に対する畏敬や感謝の気持ちが薄れているところから近年の災害を拡大させているのではないかと熊野の被災地で感じました。
一方昨年の東日本大震災から一年半となる九月十一日には私は宮城県に入り震災発生時刻の午後二時四十六分石巻市の津波被災地を一望する日和山で黙祷をさせて戴きました。瓦礫が撤去された津波の痕は夏草が生い茂り荒涼とした光景が広がっていました。
石巻や亘理の仮設住宅を訪ねて被災者の方とも交流させて戴きましたが、私達にはあっという間に感じられるこの一年半が被災者の方々には長い一年半であったことが感じられました。確かに東日本大震災が発生したのは平成二十三年で年表にも平成二十三年の出来事として記されることになると思いますが、現実には平成二十三年から始まり何年も続いていく出来事なのです。そして震災というのは被災地だけのことではなく、被災地が表だとすれば被災地でない被災者でない私達は裏であり、その表と裏が一枚で震災という現象になっているのです。表では震災の被害が進行していく一方で裏のそうでない地域では被災地のことは忘却され風化していきます。しかしその忘却 風化 無関心が次の震災につながっていくと感じます。震災というのは単なる一つの出来事ではなく自然の一つの厳しい面の現われだから決して過去のことではなく常に私達もその隣り合わせにいるということを忘れないためにも被災地とどんなにささやかでもつながっていることは大切なことです。被災地は遠いですが、昨年福島県で被災して自宅を津波で失い大阪に避難して来ている遠藤雅彦さんという方と出会い土生神社で毎月彼をまじえて交流会を開く取り組みもしています。
今回宮城県を訪問した際に山元町の八重垣神社にお伺いしました。八重垣神社はもともと築二百年以上になる立派な本殿と拝殿がありましたが津波で流失し、三百戸あった氏子も二戸を残して津波で流失するという壊滅的な被害を受けられました。今後氏子地域は高台に移転して復興という中でお宮を守られる藤波祥子宮司様は神社はここに残すことが大切だと言われています。震災を教訓に高台に行くことも大切かも知れないがどんなに災害にあっても自然の恵みへの感謝を忘れずに海と共に生きてきた人々の心を支えてきた神社の歴史を残さなくてはいけないと言われるのです。
今後私達の地域でも予想される大災害。どんなに防災をしても完全に防ぐことは出来ませんが自然から常に大きな恵みを戴いていることへの感謝の気持ちがあればどんな災害からも人は立ち上がることが出来るはずです。そういう気持ちを祭礼を通して今年も見直していきたいと願っています。
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