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こんにちは、ゲストさん
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中越地震十年復興祈念絵馬について
平成十六年十月二十三日午後五時五十六分発生し、最大震度7(新潟県川口町)を記録し、六十八名の犠牲者を出した新潟県中越地震から十年の節目を迎えようとしています。
この地震で大きな被害が出た旧山古志村では地震の翌日から全村避難となり、一時期全住民が村を離れ、仮設住宅での避難生活を余儀なくされました。そんな中山古志村の名物である闘牛 牛の角突きの牛を村から避難させ、地震の翌年から避難先で闘牛大会を再開し、山古志への帰村と復興の原動力を作っていかれた闘牛名人松井治二さんに震災三年後に初めてお目にかかった時、松井さんは「伝統文化を私達が守ったように言われるが、伝統文化を私達が守ったのではなく、伝統文化が私達を守ってくれたのです。」と言われました。私はその言葉を聞いて私が支援するのでなく、私の方こそ山古志そして松井さんに学ばせて戴かないといけないと感じました。
平成十五年土生神社の宮司に就任させて戴き、翌年十六年矢代寸神社の宮司も兼務させて戴くことになりましたが、その年に起きたのが中越地震でした。私が初めて山古志村の現地に入ったのは翌年の夏でしたが、地震直後そのままの状態で復旧工事も緒についたばかりでした。その後訪ねる度に復興が加速的に進んでいることが感じられましたが、現在では地域としての課題は山積しているものの震災からは見事に復興している山古志です。
松井さんとは村に多くの住民が戻った頃出会いをさせて戴きましたが、松井さんの集落は山崩れの河道閉塞で川底に沈んだ木篭地区です。現在でも松井さんの沈んだ家はそのまま残されてあり、震災のすさまじさを伝えています。その木篭地区の鎮守神は諏訪神社で、地震で建物の被害はあったものの水没から免れた場所に祀られていました。集落の人もそこに避難されたのです。諏訪神社と言えば、延喜式内社矢代寸神社二座のうちの一座として神須屋町に祀られていたのも諏訪神社で、現在矢代寸神社に合祀され、その跡地は例大祭の時お神輿のお旅所になります。矢代寸神社の宮司に就任した年に起きた震災で諏訪神社を祀る集落に呼ばれたのも何かのご縁です。
宮司に就任した当初は自分が伝統文化を守るんだと言う気負いばかりありましたが、松井さんから自分が守るという前に自分が守られていることに感謝して取り組むことが大切であることを教えて戴きました。
中越地震十年 そして私ごとながら宮司就任十年の節目に神職として歩む上での大きな指針を戴いた山古志村そして松井さんへの感謝の気持ちを込めて木篭の諏訪神社に六覺千手 さんに描いて戴いた闘牛の立て絵馬を奉納すると共に、この十年お世話になりました皆様にも感謝の気持ちを込めて奉納の立て絵馬をを小絵馬にして贈らせて戴きます。気持ばかりですが受け取って戴ければ幸いです。よろしくお願いします。
ありがとうございました。 (平成二十六年十月吉日 宮司 阪井健二)
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皆様のお祈り添えをお願いいたします。 |
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