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土生神社・森からの手紙・平成二十七年新緑号
神々と共に 人々と共に
平成二十七年度を迎え、私が宮司に就任して十三年目に入っています。干支も一巡し、支えて戴いている氏子の皆様とご縁のある皆様への感謝の心も新たに勤めさせて戴きたいと感じています。
去る四月十九日今年度初めての大祭である祈年祭を執り行いました。祈年祭は毎年春に行われる行事で今年のお米をはじめとする農作物の豊作と国家の安泰繁栄を祈る行事です。古くから国家的行事として行われてきており、それに倣って地域の神社でも行われてきたのです。土生神社では氏子総代、宮座座老、氏子世話人の参列のもと行われています。
ところで地域の神社に鎮まっておられる神様には三つの要素があると感じながら日々勤めさせて戴いています。
一つは当然祀られているご祭神です。土生神社では主祭神の 菅原道真公のほか春日神である武甕槌神、経津主命、天児屋根命、比め大神、八幡神である品陀別命が祀られています。それぞれの神様はさまざまな縁によって各地に広がり、その土地に根づいて人々を導いて下さいます。
一つはその土地の神様(産土神)と、その地域の地形や自然です。和泉葛城山を源とする津田川の旧河床に湧いている淵の場所に祀られているのが土生神社です。山や川の恩恵を受けて暮らしてきた地域の人々は地域の神社を通して山や川に感謝し拝んできたのです。
もう一つはその地域に代々生きてきた氏子の御霊とその地域の歴史の記憶です。その一つの例が毎年八月十八日に行っている養水祭は歴史的にあった諸井堰での水を巡る争いが大正二年八月十八日に起きた事件をきっかけに解決をみたことを記念して行われている祭であり、先人のご苦労と水に感謝する祭りとして大切に毎年勤めさせて戴いています。養水祭の奉仕を通しても現在私達が暮らしている地域の基礎を築いて戴いた先人のご苦労の歴史の記憶は消え去ることなく地域の神社に鎮まって地域を見守り、地域の平安と人々の幸せを祈り続けるようにそこにあることを感じさせて戴いています。
ご祭神だけでなく、地域の自然や歴史に感謝と畏敬の気持ちを持って氏神様である地域の神社を大切に祀り続けていきたいと日々勤めさせて戴いています。
年末になると毎年宅神祭で氏子の各家を二百軒余り回らせて戴きますが、それは各家のお祭であると同時に氏子みんなで氏神様をお祀りしている証でもあります。
現在NHKの朝の連続ドラマ「まれ」は能登半島の輪島が舞台ですが、平成十九年三月二十五日に発生した能登半島地震から八年が過ぎました。地震で山門だけを残して全壊した門前町の興禅寺の市堀住職に地震から二年後に土生神社にお越し戴いて講演して戴き、氏地を能登半島地震再建勧進托鉢の幟を持って托鉢して戴いたことがありました。現在では立派にお寺は復興しています。私が初めて被災地に入った時穴水町の来迎寺さんが高野山真言宗の現地救援本部になっていて泊めて戴きました。来迎寺さん自体地震で被害がありましたが、ご高齢にもかかわらず山下良演住職自ら陣頭指揮して復旧。お寺の被害は?と聞かれたら、被害のあった檀家さんの家を示した地図を見せてこれがお寺の被害ですと答えられたそうです。
そうか、お寺の建物がいくら壊れてもそれだけがお寺の被害ではないんだ、お寺は檀家の幸せのためにあるから檀家の被害こそお寺のほんとの被害なんだ。とすれば神社だって氏子さんの被害こそ神社のほんとうの被害なのだろう。大切なことを教えて戴いた能登半島地震被災地での山下住職との出会いでした。
氏神様が鎮まり、氏神様を祀る氏子がいて初めて地域の神社です。そして建物があってただ慣習的に惰性的にお参りしたりお祭しても神社とは言えません。神社の建物や、それを守る組織は伝統であっても、お参りする時、お祭する時神様の存在を実感して神社を創建した時の心に立ち返って神様と対面し拝礼する気持ちにみんながなる場所が神社です。
今年は土生神社が創建されてから九百二十五年の節目になる年です。それは白河上皇の初回の熊野参詣に関連づけられた寛治四年の創建伝承に基くものですが、もっと古くに成立した国内神名帳に土生社が出ていることから実際の創建はもっと古いと考えられていますが、それはそれとして、神社の歴史の一つの節目です。また現在の本殿が建築されて今年がちょうど百年の節目にもなります。その大正四年にはそれまで土生に三台あっただんじりが一台に統一され土生の村がより一つに統合されていくターニングポイントになった年でもあったようです。そのことは明治の末に行われた神社合祀が大きなきっかけでしたが、先に書いた養水祭に伝えられている大正二年の事件による諸井堰問題の解決も関係していたかも知れません。
この節目の年にあらためて神様と対面する神社の原点に返り、ささやかな記念行事もさせて戴きたいと考えています。
今年はまたご縁を戴いている東日本大震災の被災地宮城県山元町の八重垣神社さまで本殿の再建が始まります。氏子がこれまでの土地を離れて高台移転していく中で元の場所で復興される神社さまにはたくさんの課題があるはずです。建物の復興だけでなく、あらためてそこに神様を祀る心を学ばせて戴きたいと感じていますが、大地震や大津波も神様の降臨した一つの姿かも知れません。その神様も新たに祀る心を込めて復興祈念と支援をこれからもさせて戴きたいと願っています。
山元町のある亘理郡辺りには土生姓の家が何軒もあり、土生町を本貫地とする土生氏とのつながりも考えられます。土生姓が一番現在多いのが宮城県と思われ、その宮城県ゆかりで現在千葉県在住の津軽三味線奏者土生みさおさんが昨年の例祭の宵宮の日に土生神社に訪ねてきて下さいました。彼女は女性で初めて津軽三味線日本一になった人で、国内外で活躍中です。これもご縁です。ぜひこの土生氏のもともとの氏神様である土生神社の節目の年に土生みさおさんに神前で津軽三味線の奉納演奏をして戴きたいと思っています。
神様というのは縁になって現れ、私達を導いて下さると感じています。神々と共に人々と共にその縁を大切に生きることでこれからの地域づくりまちづくりをしていく、そのよりどころとしての地域の神社をみんなで大切に祀っていきたいと思います。
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