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岸和田池 天正三年松浦肥前守光が岸和田城の堀の水を確保するために築造 平時は岸和田村の水田に使うことが許され、このことにより岸和田村は土生から独立することが出来た。それまでは土生から水をもらわないと岸和田村には水はなく、土生郷岸和田と記されたものもあるらしい。
現在でもここは岸和田の飛び地で、旧岸和田村水利が管理している。水が入ると満水祝いの行事があると聞いている。岸和田村独立の喜びが今に伝わる行事のように感じる。 岸和田池に入った水は一旦津田が川に落として再び川から水をあげて岸和田の田圃に引いている。 池はもともと三つあったが今は二つである。 最近日待講の立ち入り禁止の看板が立ち近づきにくくなった。 岸和田池には大蛇がいるとの伝説がある。塘に大蛇が食べたタニシの殻が山のように積まれていたとか。 余談だか私は岸和田村の産土神様岸城神社で育ち、土生神社に来た。岸和田村の成立には土生の神様のお世話にもなった歴史を感じながら恩返しする気持ちでも勤めたいと感じている。 |

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