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神様と向き合うこと

土生鼓踊りの練習二日目も無事おわりました。お疲れ様でした。

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先人は伝統文化を残そうとして残してきたのではないですね。切実な思いがあって踊り伝えてきたのですね。
その踊りを盆踊りに踊ることで先人の霊を迎えるのですね。
それと同時に現在を生きている人の思いや願いが込められて初めて踊りと伝統に魂が入るのです。

お祭りもおなじで歴史と伝統も大切ですが、まず、神様と向き合うことで魂が入るわけです。
形にこだわらないと本来の意味が忘れられるのはそれだけ神様と向き合うことが薄れているからですね。
祭の起源や祭礼日を正しく伝えようと言うのはまことに大切なことでそのことに熱心に取り組んで戴けることは大変ありがたいことですが、そのことにだけこだわり過ぎると逆に形骸化しかねません。氏子さんや研究者が自らそのことにこだわりを持って動くのは結構なことですが
神社はそこに巻き込まれ過ぎないようにもっと根本の神様と向き合う姿勢を大切にしていきたいと思います。
私自身神様って何か まだまだわかりませんが、神社や祭りの形は時代によって変わっていきます。でもそれが消えてなくなることのないように理屈ではなく百年二百年後にも神様の存在を感じる信じる心を伝えていける神社でありたいと願っています。

無神論者だった私

繰り返しになりますが、恥ずかしながら私自身は無神論者に近いぐらい神様の存在がわからない信じられない人間だったわけです。そのことはある時期から苦悩となり、神様の存在を感じる信じるにはどうすればいいのだろうと思いました。そのことを求めました。
今でもはっきりとはわかりませんが、ただ人間の文化としての宗教を研究するだけでその研究対象の先にある神様の存在を感じ取ろうともしない研究者には違和感を覚えてしまいます。何のための研究かなと思ってしまいます。
仏教など他の宗教のことはわかりません。神道に関して言えば、やはり神様の存在もしくは人間の力を越えた存在を感じ取る心が大前提であり、それがないならまずそれを取り戻すための研究が必要なのです。
私の場合は研究者ではなく神職なのにその大前提にあるはずのものがないところからのスタートでしたから大変でした。まだまだこれからですが、先人が感じていたような神様の存在に少しでも出会いたいものです。

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今日は月次祭

今日は月次祭
蛇瓜をお供えしています。

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神社で生まれ育ちながら神様の存在がわからない 信じられない 信仰より人が人を救うことの方が大切ではないかというのが私のスタートでした。
今でもはっきりとはわからないことが多いです。ただ人間の力を越えたものの存在を何となく感じながら導いて戴けるように真心を込めていくことが大切ではないか 良い縁を育てることが大切ではないかというのが私の今の思いです。

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