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土生町の防災避難訓練のお知らせが回覧板で回っています。
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こんにちは、ゲストさん
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二年前の文章
毎年6月12日母の誕生日を迎えるとクニちゃんのことを思い出します。 末期ガン患者だったクニちゃんと出会ったのはクニちゃんが尾道に旅したことをブログに書いているのを偶然見て私がコメントを書いたのがきっかけです。 クニちゃんはすぐに私を訪ねていきたいと言いました。その時点で私はクニちゃんがどこに住んでいる人であるかすら知りませんでした。 平成十九年二月一日やはりブログで知り合ったベーチェット病を患っている友人と東岸和田駅でクニちゃんを迎えました。クニちゃんは息子さんと息子さんの友人とご自身の友人の四人で来られました。迎えた私の第一声がどこから来られましたか?でした。クニちゃんは東京からですと答えました。 私達はその日ベーチェット病の友人と私の運転する二台の車に分乗して岸和田市内の七宮参りをしました。 北海道に生まれ育ったクニちゃんは、古くから祈りを積み重ねて来た土地を訪ねたかったと言われました。 また、私は死ぬのは怖くないけど人はどう生きていけばいいのか、それを知りたくて訪ねてきたとも言われました。 そんなことを末期ガンの患者の方に問われても答えられるわけない私でした。 それから一週間後私は病院の検査で自分が甲状腺ガンを患っていることを知らされました。末期ガンの方と会いながらガンなんて他人事に感じていたのに自分がガンに冒されていたなんて! それからクニちゃんどころでなく自分の治療に専念し、五月には手術を受けて何とか治まったのです。 ようやく落ち着いたので6月には東京までクニちゃんのお見舞いにうかがうことにしたのです。ちょうど行けそうな日が12日の母の誕生日でした。 12日にクニちゃんの家にうかがったのですが、その時はじめてわかったのは、その日がクニちゃんの誕生日でもあり、状態が悪くなっていて誕生日を区切りに翌日から入院することが決まっていたのです。そんなことは何も知らずに12日にクニちゃんを私は訪ねたのでした。神様の導きがあったとしか思えません。 その年の夏クニちゃんはこの世を去りました。 クニちゃんが死ぬのは怖くないけど人はどう生きていけばいいのか、それを知りたいと言われた言葉は命の言葉として私の胸にずっとあります。 それにいつか答えられる日が来るか、私には自信はありません。 ただどんなことがあっても私を産み育ててくれた両親、そしてふるさとにおかげさまで良い人生を生きることが出来ましたと感謝して報告出来る人生を生きないといけないなぁと思います。 写真はクニちゃんから戴いたクマさんです。 今日もあたたかい心をたくさんの人から戴きありがとうございました。 おやすみなさい。 |
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