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道の池堤の熊野古道

土生町 道の池の埋め立て売却問題が本格化している。

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しかし堤の熊野古道だけは残してほしい。土生神社の創建伝承とも関わりがあり、古い道の雰囲気をよく残している。
昔は堤を踏みかためるように道を通したのである。

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かつては地域を担った池が今は地域のお荷物になっている。でも利便性だけ考えずにこの道を残すことが必ず百年後の土生町のためになるだろう。

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神様とは

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神様というのは目に見えないからいないのでもなければ、目に見えるからいるものでもないのだろう。
あえて言えば目に見えないからいるのが神様なのではないだろうか
基本的に神様は目に見えないし、感じられない。言葉も聴こえない。
ただ幻覚的に幻聴的に見えたり聴こえたりする人がいるのも神様の一つの導きかも知れません。

私達からは神様は見えないし聴こえない。でも神様からは私達が見えており聴こえている。
だから私達はお祭りを行い、日々の奉仕をする。

人間の力を越えた存在を敬うのが宗教であるのだろう。その心がなければ、どんなに宗教の教義を学んだり、歴史を研究したり、お祭りを探究しても何も宗教のことはわからないのではないだろうか?
今回の出来事でそれがよくわかった気がした。
自戒をこめて。
神様と向き合っている人はどんなに正しいことを言っていても謙虚である。
そうでない人は自分の正しさによって自滅していくだろう。

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神様と向き合うこと

神社にとって神社の歴史や祭の歴史が大切でないわけはない。しかしそれは過去のことであって信仰にとってまず大切なことは今神様と向き合うことである。その心を忘れて過去の形だけにこだわっても過去から学ぶことも過去を生かすことも出来ないだろう。
議論することはあっても神様と向き合っていれば対立することはないはずである。対立するのは神様と向き合わないでただ理屈を述べているだけなのだろう。

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お祭りは神様が中心

mandai で南掃守の祭礼ポスターを見た。東岸和田のポスターはまだ見ていない。
もう2ヶ月ないのですものね。

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お祭りというのはやはり神様が中心ですよね。
神様を敬う心があって初めてお祭が行われ次世代にも伝えられていくのですね。
過去の歴史がどうであっても どんなに正しい理屈を並べても神様を敬う心がなければお祭は正しく伝えられてはいきませんね。
いろいろ議論はあっても それは二の次で、神様を敬う心でみんながお祭をすることが大切だと思うのですがどうでしょうか?

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