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こんにちは、ゲストさん
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昨日の午前中に道の側溝の土砂上げのお手伝いをさせて戴きましたが、特別なバケットを付けたパワーシャベルによって側溝の蓋をあげると溝の中は完全に土砂 泥が詰まっていました。道路の土砂がすでに綺麗に取り除かれていたのでよくわかりませんでしたが、あらためてほんとに町を土砂が埋め尽くした大変な災害であったことを実感しました。 パワーシャベルではあげきれない土砂を角スコですくい、デッキブラシやホウキで清めていくのがボランティアの私達の仕事でしたが、みんな休むことなく作業を続けていくのでひ弱な私はついていくのが大変でした。その場のリーダーらしき人に休憩は?と尋ねると各自でと言われました。 それは国土交通省の事業のようでした。 パワーシャベルを操縦している人のベストに山陽工業とあるのでどこの会社ですか?と聞いたら私は手伝いにきたのでわからないと言われました。他の作業員に聞いたら広島市内とのことでした。この人達は国土交通省から請け負っている仕事なのでしょうね。それをボランティアが助けている感じでしたが、これは雨が降ったりしたらまた大変なので早くやっておかないといけない作業でしょうね。 一日目は個人の家に入らせて戴いて、一軒目は家の前や周囲に残っている土砂を取り除く作業でしたが、水道局が来て作業をするのに邪魔になってはいけないというので昼前に中止になりました。 午後からそのお隣の一部損壊ぐらいのお宅で植え込みに積み上がっている土砂を取り除き作業でした。 ご実家のご両親が住んでいるその家の息子さんぎ仕事を休んで帰ってきて家のかたづけのお手伝いをされていて、私達ボランティアと一緒に土砂出しをされていました。 猛暑の中で延々と続けないといけない作業 正直こんなことをしてもどれだけ役に立っていると言えるのだろうかとも思ってしまいます。 でもその家の人とお話をしていると、地域の人は気持ちが限界に近くなっている中で、ボランティアが各地から手助けに来るだけで作業は大して役に立たなくても気持ちの励ましにはなっているかもしれないと感じました。 |
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その時四十六名の死者があったことがわかります。 その碑が教えてくれていることはたくさんあると思います。 小屋浦では昭和二十年代にも水害があり、今回の西日本豪雨につながっています。もっと過去にも水害があったはずです。 地形的にここに人が住み続ける限りどんなに対策をしても災害を完全に防ぐことは難しいと思われます。素人がちょっと見た感じに過ぎませんが。 今回の西日本豪雨の印象は広域に局地的な被災地がいくつもあって、その周囲はほとんど被害がないということです。床下浸水ぐらいはしていてもほとんどの地域はふだんの生活に戻っています。 今回の被災地の多くは過去にも水害があった場所と思われます。 その土地の宿命みたいなものが集中豪雨によって現れたと思われます。 私はその災害こそ、その土地に宿っている神様の一つの姿ではないかと思っています。 ふだんは恵みを与え守っていてくれる神様なのですが、人間にとっては災いの面も持っており、時にその姿を現すこともあるのです。 その土地に暮らし続けるためにはその神様と共に生きることが大切なのです。 恵みと災いの面があることを知り、感謝と畏れを忘れないようにしたいと思います。 災害が起きた時のための備えと早めの避難が神様と共に生きるために必要です。 小屋浦では十月の秋祭で、鬼が竹で子供たちを叩いてまわる行事があるらしいですが、被災者の方が子供の頃追いかけまわされて山まで逃げた いまでも鬼をみると怖いと感じる感覚か残っているように言われてました。 鬼は災害で、子供の頃から災いから逃げる大切さを教訓として伝えている行事かも知れませんね。 私はもう自分の日常生活に戻りましたが、小屋浦では今日も暑い中熱い活動が始まっていることでしょう。 体調管理にお気をつけて下さい。 |
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ただ被災地の非日常と私達の日常は一つにつながっているのです。 私が小屋浦に行くことになったご縁は小屋浦で災害ボランティアの責任者となっておられる佐渡忠和さんと以前からつながりがあったからです。 佐渡さんから阪井さんにしか出来ない支援がありますよ。と言われました。 小屋浦の由緒ある神社の鳥居が災害に遭いながら残ったのです。その鳥居が瓦礫を運び出すのに邪魔になるので地元の人が撤去しようとしたのを佐渡さんが止めたのだそうです。その鳥居を見てほしいというのです。 新宮社という額が懸かった鳥居を私もテレビのニュースで見た記憶がありました。単に新しいお宮という意味なのか、霊験新かという意味か、または熊野と関係あるのかとか考えていました。佐渡さんに言われて何か呼ばれている感じがして小屋浦行きを決めました。 ところが佐渡さんの車で昨日初めて小屋浦に入り、神社の前の宮前橋の前を通り過ぎると鳥居がなかったのです。佐渡さんもその時初めて気づかれ驚きと怒りを隠せない様子でした。 後で聞くと六日前に自衛隊によって撤去されたらしく、それも宮司が撤去するように言ったとか、宮司が許可したとかいう話になっていました。 撤去しても近くに保存してあるだろうと思って辺りを探してみましたが見当たらず、それも処分したという話になってました。 瓦礫を運び出すので一時鳥居を解体するというのならわからないでもありませんが、処分してしまったとはどういうことでしょう。ほんとでしょうか? 事実を確認するために呉市の梶山友美宮司さまにメッセンジャーで新宮社の宮司はどちらの方かを問い合わせました。ところが新宮社は本庁包括外の神社で誰が宮司かわからないということでした。 佐渡さんに小屋浦の青年団長に引き合わせられ、神社と祭についてちょっと話をしました。 新宮社の秋祭は鬼が出て竹で子供達を叩いてまわる行事があって有名で、その他に頂戴という担ぎ台や神輿や獅子舞が出て賑やかに行われているようです。 今回の災害で神社の下にあった倉庫が流され、獅子舞の道具は駄目になったようです。またその倉庫の中に鬼などの道具を入れた公民館にある倉庫の鍵が置いてあったそうで、公民館の倉庫はまだ開けて確認出来ていないと言うことです。 宮司は同じ坂町内の宮司が兼務しているようですが、ふだんは神社はひっそりしていて、地域の人が掃除したりしてお世話されています。 お宮参りなどは宮司に連絡して来てもらうそうです。 ふだんはひっそりしていて、秋祭りをみんなで賑やかに行う そういう神社も悪くはありません。 ただ事実はまだ確認出来ていませんが、鳥居の件は疑問です。 西日本豪雨とは何だったのか 被災地のボランティアとは何か あくまでも私が感じたことですが、少しずつ書かせて戴きます。よろしくお願いいたします。 |
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