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私が坂村真民先生に最初に会ったのは高校二年の春のことです。突然先生に手紙を出したのにすぐにご返事を戴いて松山の伊予鉄バスターミナルからどのバスに乗って何処のバス停で降りて何軒目の家かまで詳しく案内を書いて戴いていました。
当時先生は七十歳を越えておられましたが、どこの馬の骨とも知れない一高校生の話を真剣に聴いて下さり、年令を越えて生きることに苦しむ同志のように接して下さいました。 晩年の真民先生は凄く有名になり、朴の会など凄い人が集まっていました。 東京の新しい紀伊国屋ホールのほとんどこけら落としと言ってよい講演会に真民先生と石川洋先生の夢のような二人の講演があり、十一月十五日という出にくい日でしたが、幸い平日で、東京まで聴きに行った思い出がありますが、その辺りから少し近づきにくい感じがしないでもありませんでした。 真民先生と若い頃から交流のあった柳田聖山先生の奥様静江さんが真民教の信者が増えているとか言っておられましたが、ほんとにそんな感じでした。 真民先生の一番近くにいたような人は真民先生を利用している人がいると批判している人もいました。 しかし真民先生は最後は朴の会を解散し一人に戻られました。その最後の朴の会は凄い会だったようですがなぜか私には案内が届いていませんでした。 私が真民先生に最後に会ったのは神道青年全国協議会の中央研修が松山で開かれた時です。 研修を終えてから、私は一人真民先生をタンポポ堂に訪ねたのです。その時研修の参加者名簿を見て幣立神宮の春木さんも来ているなと先生が言われたのを覚えています。 真民先生は幣立神宮と縁を結ばれ、晩年詩に書いていますが、春木さんとは遠縁にもあたるらしいです。 その春木さんは後に神道青年全国協議会の会長となり、任期の最後に東日本大震災が起きてますね。 私はまだ幣立神宮に参拝したことはないのですが、真民先生の碑もあるそうですね。 光と力 坂村真民 光は一隅より 力は一人より |

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