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岸和田市役所経由で、だんじり会館まで。
遅くなりましたが、土生町ふるさと歴史まち歩きマップをだんじり会館に置いてもらえるように持って行ったのです。そしたら事務所によく知っている人が(笑)

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猛暑の中コナカラ坂を下り上り
もう来月は岸和田祭ですね。
いつかブラタモリが岸和田に来たら、このコナカラ坂が当然重要なポイントになるでしょうね。ヘリと高低差の好きなタモリさんですから。
で、タモて箱のテーマはたぶん『岸和田祭はどうして全国的に有名な祭になったか』ぐらいのところでしょう。
これをブラタモリらしく岸和田の地形と祭りの成り立ちの関係から迫ってもらいたいですね。
岸和田祭の三の丸稲荷発祥説は今はほぼ否定されていますが、祭の発祥はとにかく岸和田祭の成り立ちと発展に藩の介入とお城が無関係とは思われません。
岸和田城が現在の地に築かれた当初は城は山の方を向いており、岸の姫松街道も山側を通っていましたが、城が向きを海の方に変えたことで現在の岸和田のまちの形が出来てきたわけですね。コナカラ坂は岸和田のまちの成り立ちの象徴ですね。
すなわち村 町 浜が岸和田城下の狭い範囲の中で一つの地域を形成し、城内にあった岸和田村の氏神が藩主の庇護も受けて城下の総社的な存在となってました。
そのためその祭礼も村方町方浜方連合の祭礼となり、藩からの規制を受けながら自主性を持った祭礼として盛んになりました。
他にはあまりない村の祭町の祭浜の祭の連合であることとその自主性が岸和田祭を全国的に有名な祭にした要因であり、それを生み出すのに岸和田の地形が関係していたという感じでブラタモリを出来ませんか?
もっと言えば、そのもともとの岸和田村の成り立ちには土生郷が関係していて水利とか岸和田池とか出てくればなお一層深くなりますが、そこまではさすがに無理かも知れません。
皆さんのご意見があればお願いいたします。

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