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土生神社・森からの手紙・平成二十五年新緑号
 目に見えない世界とつながっている
        ふるさとを甦らせよう。
 
 去る四月二十一日古石寛治新町会長をはじめ新氏子総代 新氏子世話人を迎えて今年度初めての大祭である祈年祭を執り行いました。祈年祭は毎年春に行われる行事で今年のお米をはじめとする農作物の豊作と国家の安泰繁栄を祈る行事です。古くから国家的行事として行われてきており、それに倣って地域の神社でも行われてきたのです。
 現在ではほとんど市街地化して住宅が建て込んでしまっている土生町もかつては田園風景が広がる農村でした。先祖代々受け継いできた土地と一体化した暮らしがそこにあり、一年の実りを祈る春のお祭りにも切実な願いが込められていたことでしょう。毎年同じ営みを繰り返す暮らしは先祖から受け継いだものを未来に一年一年引き継いでいく営みでもあり、遠い未来の子孫までも幸せに暮らしてほしいという願いが込められていた営みでもあったことでしょう。その願いの上に今年も願いを積み重ねるように祈年祭を奉仕させて戴いていると時代は変わり町の風景は変貌し人々の暮らしは変わっても人々の平安と幸福を祈る心に変わりはなく、子孫の幸福と繁栄を祈って下さっていた先人の願いの中に現在の私達も生きていることをあらためて感じさせて戴きました。言うまでもなくそういう私達を時間を越えて神様が見守って戴いているのです。
 
 私ごとながら三月末で宮司に就任してまる十年となりましたが、この十年を振り返ると地域では駅前を中心に大きく光景が変わったことが思い起こされます。
 去る三月二十五日に町会館で開かれたJR高架化事業の説明会に初めて参加してみました。過去の説明会がどうであったかわかりませんが、平日の夜とはいえ回覧板でも告知されているにしては参加者が少ないのではないかという印象でした。それはとにかくやはり高架化がいつ完了するのかが皆さんの一番の関心事でしたが、そのほかの質問や意見の中に高架化工事に伴う遺跡調査についての質問や現在仮の場所に安置されている踏み切り横にあった道標地蔵について工事終了後きちんとした場所に安置することとの意見もありました。私も線路沿いで行われていた遺跡調査の様子が気になってのぞいてみたりしてましたが、限られた期間で行われる調査で地元住民には何の説明もなく知らない間に終了して埋め戻されてしまったという感じでした。つい先日も土生神社の近くの住宅開発地で発掘調査が行われ現代の住宅に取り囲まれた遺構ごしに神社の森を仰いでいろいろ感じることがありましたが、こうした調査が地元住民に知らされることなく行われて終わることが多いことが残念です。地域が変化していく時だけに一層先人とのつながりを意識するために遺跡の説明会を開くなどの取り組みが欲しいところです。先人の暮らしの営みの上に現在の私達の営みがあることを意識して暮らすと地域への愛着が深まり生活も豊かになってくると感じます。地域の歴史は先人が古代から築き上げてこの土地に根を張り続けてきた地域の根っこです。それは遺跡だけでなく今日まで引き継がれているもののなかにも残っています。神社の年末の座老さんによる迎春準備もそうですし、水利組合の溝掘りなどの共同作業もそうでしょう。人々が助け合って生きてきた歴史の証です。共同作業で助け合わなければ成り立たなかった村の暮らしから個人中心の生活となり地域の結びつきが薄れた現代にこそその根っこを共有することが孤立しがちな個人が地域でのつながりを再び取り戻す力になり地域の平安にもつながっていくはずです。地域の歴史を少しでも感じられるものを地域に残していくように神社でも取り組んでいきたいと考えています。
 
 あの東日本大震災から二年あまりが過ぎましたが、二年の節目に復興記念行事として三月三日土生町内の神仏に被災地復興を祈念するウォークを開きました。震災の年の六月にツイッターで出会い毎月のように土生神社で交流会を開かせて戴いている福島県いわき市からの避難者遠藤雅彦さんにも参加して戴き、一緒に町内の幸の神さんやお地蔵さんなど神仏を巡拝し被災地の慰霊と復興を祈念しました。ご自宅を津波で失いふるさとを失って避難している遠藤さんと地域を歩いているとふるさととしての私達の地域ということをあらためて考えました。
 地域を切り開いてこられた先人のご苦労と連綿と受け継いでこられた伝統に感謝し助け合って生きながら子孫も安心して暮らせるように地域を守り、過去現在未来がしっかりつながっているふるさととしての地域を伝えてきたのがかつての地域の姿であったと思います。地域では自分達が生きると同時に先人や子孫と共に生きているという思いがあったと思いますし、恵みを戴ける自然に対しても謙虚な気持ちを持っていたと思います。そして氏神様を中心とするさまざまな神仏に守られていることを感じ生きることの切実な願いを神仏に込めてきたのであり、目に見える世界の大きな災害や問題に直面した時もそうした目に見えない世界とのつながりを心のよりどころとして立ち直り乗り越えてきたのだと今回の震災の復興を祈念しながら同時にこの地域の歴史に思いをはせて感じることができました。
 
 先人が助け合って築いてこられた地域にいま私達は個人の生活中心にばらばらになって暮らし目先のことだけを追い求めて一人一人の運命に翻弄される中で幸福になったり不幸になったりして生きているのが現状です。そんな生活から揺るぎない幸福が生まれるとは思われず、もう一度ふるさととしての地域を振り返り人としてのほんとの幸福とは何かを地域の生活の中で見つめる時が来ているように思います。
 大切なことは目に見える世界だけで幸福を追い求めても、また自分だけの幸福を追い求めても人は幸せにはなれないということです。目に見えない神仏自然先人に手を合わし 子孫の幸福を願い助け合って生きてきたふるさとの姿をもう一度甦らせるために心から神仏自然先人に手を合わし助け合って生きる日々をひたすら歩み続けていきたいと願っています。
 
土生神社・森からの手紙・平成二十五年新緑号
 目に見えない世界とつながっている
     ふるさとをよみがえらせよう。
 
 去る四月二十一日古石寛治新町会長をはじめ新総代 新氏子世話人を迎えて今年度初めての大祭である祈年祭を執り行いました。祈年祭は毎年春に行われる行事で今年のお米をはじめとする農作物の豊作と国家の安泰繁栄を祈る行事です。古くから国家的行事として行われてきており、それに倣って地域の神社でも行われてきたのです。
 
 現在ではほとんど市街地化して住宅が建て込んでしまっている土生町もかつては田園風景が広がる農村でした。先祖代々受け継いできた土地と一体化した暮らしがそこにあり、一年の実りを祈る春のお祭りにも切実な願いが込められていたことでしょう。毎年同じ営みを繰り返す暮らしは先祖から受け継いだものを未来に一年一年引き継いでいく営みでもあり、遠い未来の子孫までも幸せに暮らしてほしいという願いが込められていた営みでもあったことでしょう。その願いの上に今年も願いを積み重ねるように祈年祭を奉仕させて戴いていると時代は変わり町の風景は変貌し人々の暮らしは変わっても地域の平安と幸福を祈る心に変わりはなく、子孫の幸福と繁栄を祈って下さっていた先人の願いの中に現在の私達も生きていることをあらためて感じさせて戴きました。言うまでもなくそういう私達を時間を越えて神様が見守って戴いているのです。
 
 ところで私ごとになりますが、三月末で宮司に就任してまる十年となりました。あらためてこの十年間神社と宮司を支えて戴いた大神様の導きと氏子をはじめとする多くの皆様のご協力に心より感謝し今後一層の真心と努力で神明奉仕に臨んでいく気持ちを新たにしていますが、この十年を振り返ると地域の風景が駅前を中心に大きく変わったことがまず思い起こされます。
 
 去る三月二十五日に町会館で開かれたJR高架化事業の説明会に初めて参加してみました。過去の説明会がどうであったかわかりませんが、平日の夜とはいえ回覧板でも告知されているにしては参加者が少ないのではないかという印象でした。それはとにかくやはり高架化がいつ完了するのかが皆さんの一番の関心事でしたが、そのほかの質問や意見の中に高架化工事に伴う遺跡調査についての質問や現在仮の場所に安置されている踏み切り横にあった道標地蔵について工事終了後きちんとした場所に安置することとの意見もありました。私も線路沿いで行われていた遺跡調査の様子が気になってのぞいてみたりしてましたが、限られた期間で行われる調査で地元住民には何の説明もなく知らない間に終了して埋め戻されてしまったという感じでした。地域が変化する時だけに一層先人とのつながりを意識するためにもこうした遺跡について現地説明会を開くなどの取り組みがほしいところです。町内でもつい先日土生神社の近くの住宅開発地で発掘調査が行われ遺構ごしに神社の森を仰ぐ光景にいろいろ感じることがありましたが、こうした調査が地元住民に知らされることなく行われて終わることが多いことが残念です。先人の暮らしの営みの上に現在の私達の営みがあることを意識して暮らすと地域への愛着が深まり生活も豊かになってくると感じます。地域の歴史は先人が残したこの土地の根っこであり、共同作業で助け合わなければ成り立たなかった村の暮らしから個人中心の生活となり地域の結びつきが薄れた現代にこそその根っこを共有することが孤立しがちな個人が地域でのつながりを再び取り戻す力になり地域の平安にもつながっていくはずです。地域の歴史を少しでも感じられるものを地域に残していくように神社でも取り組んでいきたいと考えています。それは人々が地域で助け合って生きてきた歴史の証です。そして目に見える世界だけでなく目に見えない世界ともつながって生きていることを伝えてきた歴史でもあると感じます。
 
 あの東日本大震災から二年あまりが過ぎましたが、二年の節目に復興記念行事として三月三日土生町内の神仏に被災地復興を祈念するウォークを開きました。震災の年の六月にツイッターで出会い毎月のように土生神社で交流会を開かせて戴いている福島県いわき市からの避難者遠藤雅彦さんにも参加して戴き、一緒に町内の幸の神さんやお地蔵さんなど神仏を巡拝し被災地の慰霊と復興を祈念しました。ご自宅を津波で失いふるさとを失って避難している遠藤さんと地域を歩いているとふるさととしての私達の地域ということをあらためて考えました。
 地域を切り開いてこられた先人のご苦労と連綿と受け継いでこられた伝統に感謝して現在を助け合って生きながら目先のことだけでなく子孫も安心して暮らせる地域を守り、過去現在未来がしっかりつながっているふるさととしての地域を次の時代に伝えてきたのがかつての地域の姿であったと思います。地域では自分達が生きると同時に先人や子孫と共に生きているという思いがあったと思いますし、地域の自然に対しても謙虚な気持ちを持っていたと思います。そして氏神様を中心とするさまざまな神仏に守られていることを感じ生きることの切実な願いを神仏に込めてきたのであり、目に見える世界の大きな災害や問題に直面した時もそうした目に見えない世界とのつながりを心のよりどころとして立ち直り乗り越えてきたのだと今回の震災の復興を祈念しながら同時にこの地域の歴史に思いをはせて感じることができました。
 
 先人が助け合って築いてこられた地域にいま私達は個人の生活中心にばらばらになって暮らし、目先のことだけを追い求めて一人一人の運命に翻弄される中で幸福になったり不幸になったりして生きているのが現状です。そんな生活から揺るぎない幸福が生まれるとは思われず、もう一度ふるさととしての地域を振り返り人としてのほんとの幸福とは何かを地域の生活の中で見つめる時が来ているように思います。
 大切なことは目に見える世界だけで幸福を追い求めても、また自分だけの幸福を追い求めて人は幸せにはなれないということです。目に見えない神仏 自然 先人に手を合わし 子孫の幸福を願い助け合って生きてきたふるさとの姿をもう一度甦らせるために知識でなく心から神仏自然先人に手を合わし助け合って生きる日々をひたすら歩み続けていきたいと願っています。
 
土生神社・森からの手紙・平成二十五年春・特別号           
 伝統に守られ感謝の一歩一歩を歩む     
          土生神社宮司 阪井健二 
 
 いつもお世話になりましてありがとうございます。私が土生神社の宮司に平成十五年四月に就任してよりこの三月で丸十年となりました。この十年間神社と私を支えて戴きました氏子の皆様をはじめ多くのご縁ある方々に心より感謝申し上げます。
 
 宮司に就任して二年目よりこの地域の神社にしっかり根を張ってご奉仕しようと参道が通る拝殿の蜘蛛の巣を払って蜘蛛に神社の留守番をさせないで私が毎日拝殿に座って参拝者を迎えるようにしました。初めの頃はよく参拝者から「宮司さん 今日はお祭りですか?」とか「今日は何かあるのですか?」とか不思議そうな顔で尋ねられました。ふだんひっそりとしていて参拝者も少ない地域の神社ではそれまで拝殿を毎日開けて宮司が座っているなんて考えられなかったことかも知れません。それが時が経つにつれて当たり前の光景になり、何かあるのですか?なんて尋ねられることもなくなりました。
 
 当初は気負いもあって何とか地域の神社にもっと参拝者がたくさん増えて盛り上がるようにとがむしゃらに頑張る気持ちが強かったです。しかしそれは空回りするだけで思うようにうまくはいきませんでした。それでもわずかずつではあっても地域の神社を大切に思ってお参りされる人が増えているようにも感じられました。ただ数だけ増やすのであれば大きな神社ですればいいこと そんなことに虚しさを覚え、地域の神社を大切に思ってお参りされる一人の人を大切に迎えることが地域の神社には大切なんだと感じるようになっていきました。そう感じるとまだまだ心のこもったご奉仕が出来ていないことが痛感されることも増えました。そして自分の力で何かをする前に氏子さんに支えて戴いている神社であることに気づき、感謝とお返しの気持ちでご奉仕していかなくてはいけないのだと気づかされるようになりました。
 
 これまで何度も書いていることですが、平成十六年十月二十三日発生した中越地震でお伺いした山古志村で出会った牛の角突きの名人松井治二さんは全村避難となった村から牛を救出し翌年には避難先で闘牛大会を開催 村民が再び山古志に戻っていく原動力を作っていった人です。その松井さんが言われた言葉が私に大きな指針を与えて戴きました。松井さんが言われたことは「皆さんから私達が伝統文化を守ったと言われるが私達が伝統文化を守ったのでなく伝統文化が私達を守ってくれたのです。」
 私達も地域や神社の伝統文化を私達が守る前に伝統文化が私達を守ってくれている そのことをよく感じて感謝の気持ちで継承し次代に伝えていかなくてはいけないのだと教えて戴きました。
 
 ところで毎月一日は兼務している矢代寸神社の月次祭に出かけますが今月一日矢代寸神社に向かう車中からふと町会の掲示板を見ると氏子さんの訃報が出ています。神社の座老を勤め神社によくご奉仕もして戴いた方でしたので矢代寸神社から戻るとあわてて告別式に参列させて戴きました。告別式から戻ると神前で氏子さんの訃報を奉告する祭詞を奏上させて戴きました。氏子さんに赤ちゃんが生まれると初宮参りをして氏子入りするわけですから、氏子さんが亡くなった時も氏神様に奉告するのが当然のことですがそういう習慣がありません。総代さんに万が一氏子さんにご不幸があったら神社にも知らせて戴くようにお願いしていますがなかなかうまくいきませんし自分で注意していても見逃すこともあります。
 
 お通夜でお寺さんが説法の中で故人との思い出を話されるのを聴いているとお寺さんと檀家さんの結びつきの強さを感じます。神社は役を持っておられる時は関係が強いですが、役を離れると関係が薄くなることが多いですし人数も限られています。ただ土生神社では年に一度でも宅神祭があって氏子さんの家に神主がお伺いすることが氏神様と氏子さんのつながりに果たしている役割は大きいです。
 氏子さんでもご葬儀はほとんど仏式でされ仏様となってご浄土に行かれるのかもしれませんが、それだけとは思えません。氏子さんの御霊はまた氏神様ともひとつになってこの地域や子孫を見守り続けると信じています。そういうこともあって氏子さんが亡くなられたら氏神様にも奉告するのは当然のことではないかと思います。
 
 この氏神様という言葉ですが現在は地域の神社を表す産土神(うぶすながみ)様と同義語で使われています。しかしもともと氏神様というのは一氏族が自分の祖先神を祀ったものです。それが一地域を支配した一氏族の氏神様と土地の神様である産土神様がいつしか同化して氏神様と呼ばれるようになったと思われます。
 
 この土生の地にもかつて土生氏がおり、和泉三十六郷士の中にも名前が見えます。しかし岸和田城に岡部氏が入城した際強訴した罪を問われた土生十右衛門は打ち首?となりその家は紀州に立ち退いたと伝わります。そこから土生氏は全国に分散し、土生町を本貫地とする土生さんが時折ご自分のルーツを求めて土生町を訪ねてこられ土生神社にお参りされます。中には毎年お参りに来られる土生さんもおられ、土生さんにとっては土生神社は文字通りの氏神様と言えるかも知れません。そんな中ある時宮城県から関西の大学に来ている息子さんを訪ねてきたご両親が宮城県ナンバーの車で土生神社に参拝され自分達の姓は土生だと言われ、宮城県にも土生さんがいることがわかったのです。それから宮城県から出ている土生さんが東京や北海道などからも訪ねてくるようになり、宮城県でも亘理郡の辺りに土生さんが多いことがわかってきました。亘理町の前身の一村吉田村の最後の村長は土生利助という人です。また山本周五郎の妻は吉田村出身で旧姓土生きよいというのです。現在のところ土生町を本貫地とする土生さんと宮城県の土生さんのつながりは不明ですが、震災の支援活動でつながりが出来た八重垣神社さまは亘理郡にあり、不思議なご縁も感じました。宮司さまに聞いたら亘理郡では土生という姓は珍しい姓ではないそうです。偶然かもしれませんが土生氏のご縁で亘理郡にも呼ばれた気もしないではありません。
 
 長い歴史と伝統とご縁に守られていることをこれからもよくかみしめながら地域の神社を守るご奉仕に感謝の一歩一歩で歩んでいきたいと十年の節目に心を新たにしています。
 

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今日は建国記念の日。
土生神社には神武天皇をまつる肇国神社があります。

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森からの手紙
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