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十二月四日 土生神社座老仲の懇親旅行出立前のお祓い(安全祈願)をさせて戴きました。
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こんにちは、ゲストさん
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台風二十一号の倒木で損傷した土生神社末社稲荷社の修復工事がようやく行われました。
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土生神社・森からの手紙・平成三十年紅葉号
森の再生と
神社清掃大作戦
〜台風二十一号からの新しい一歩〜
宮司 阪井健二
去る十月六日、七日と行われました例大祭も無事に終えることが出来ました。社会も地域も大きく変化している中で氏子の皆様また多くの関係者の皆様のご協力により今年も例年通りに行うことが出来ましたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございました。祭礼関係者の大変な努力とご苦労もあったことと思います。お疲れ様でした。
今年もお祭り前に土生町地車関係団体懇親会に同席させて戴きました。その席での今年の曳行責任者のご挨拶のなかで、土生神社の例祭ですから神社へのお参りも大切にするようにとの言葉がありました。曳行の責任の重さからなかなか神社のことに触れる曳行責任者は過去にもあまりいなかったと思いますが、曳行責任者が言って戴けると祭礼の関係者の皆様の心により残るのではないかと思います。
祭礼の運営に祭礼団体の皆様には大変ご苦労を戴いていると思いますが、祭礼の一番の主役は言うまでもなく神様です。そのことを忘れて自分達の思い通りにしようというのは間違いです。神様ってほんとにいるんだな、ふだんは忘れがちであるけど謙虚な気持ちにならないといけないんだなということをみんなで共有するのが祭礼だと思います。
今年は私事ながら宮司に就任して満十五年を迎えた後の例大祭でしたが、その例大祭を迎えるのに先立ち八月に北野天満宮と共に土生神社の本社と言ってもいいような熊野本宮大社に土生町の皆様と参拝する機会がありました。その後間もなくして台風二十一号が襲来し、土生神社にも甚大な被害がありました。その台風からの復旧も半ばで迎えることになった平成最後の例大祭でした。
例大祭式の後町会館で昼食を戴きましたが、その時町会評議員として祭礼に参加しておられた昨年の土生神社の一老村上治三郎さんに親しくお声をかけて戴きました。ところがその三日後治三郎さんの訃報を聞くことになりました。信じがたい思いでした。
昨年の例大祭前に一老であった治三郎さんが神社に来られて宮司が汚くしている社務所周辺を綺麗に片づけて、「ゴミ空き缶等捨てるな。座老仲」と貼り出しました。今もその言葉が貼られたまま残っています。それは私への治三郎さんの遺言だったのではないかと思います。
台風二十一号はこれまでの宮司としての十五間を見つめる機会になりました。非力な私が一人で勤めてきて、兼務の矢代寸神社もあり、無理を重ねてきたことがありました。
氏子の皆様に支えられ、神社に住ませて戴いているのに、自分の生活をだらしなく放置しているところがありました。東日本大震災など大きな災害が各地で相次いで、その支援に力を入れるあまり、自分の日常の現実から目をそらしている面もありました。
しかし他人事に思っていた災害が台風で自分のことになって現実の自分の山積みになっている問題に気づかされました。氏子さんからも指摘されたように社務所の自分の居住空間を汚くしていることをはじめ、私の生活の乱れ心の乱れが神社に悪い影響を与えており、地域や氏子の皆様にもご迷惑をかけていることになります。
これまでと同じようにしていたら問題は解決しません。新しい心と生活でこの現実を変えていかなくてはいけないのでしょう。
台風で他にも気づかされたことがありました。
台風の倒木でえらいことになっていた神社の森も業者が入り、徐々に片づいてきましたが、台風直後マンションの駐車場の方に倒れていた木をとにかく至急撤去しないといけないということで氏子総代参列してお祓いの後業者に無理を言って作業して戴きました。その連絡にマンション側に行った時役員さんらに厳しいことを言われましたが、神社の木は精霊の宿る木で私達では伐れないと言われたので、全く無神論で木を切るように言っているのでもないのだなと思って、私はとりあえず神社から箒を持参してマンションの駐車場に落ちている葉を掃除させて戴くとマンションの人達も一緒に掃除を始めました。その後もボランティアの人達とマンションの駐車場に掃除に行くと、その夜役員さんらがわざわざ神社まで御礼に来て戴きました。それからも掃除に行かせて戴きましたが、この問題の根本的な解決はまだまだ難しいとしても、これまで全く交流のなかったマンションの人達と台風を機に対話できるようになったことはよかったと思います。これから森は再生していくと思いますが、それと同時に近隣の人と森のつながりを深めて戴けるように努めることが台風災害からの真の復興だと感じます。
これまで神社の周囲の溝などふだんから黙々と掃除して戴いている近隣の方がおられましたが、そのご奉仕に甘えて私はほとんど溝の掃除もしたことがありませんでした。しかし神社の森と近隣の人達の生活が共存できるようにしていくことも神社を守っていく上でとても大切なことです。
急激に変化していく地域の中で取り残されたようにひっそりと存在している土生神社です。その静かな森の中に変化していく地域をいつも変わることなく見守って戴いている地域の神様がおられます。その神様に日々感謝してお祭をし、氏子の皆様にもその存在を感じて安心して戴けるように勤めるのが宮司の仕事です。
そのためには何より神社の清らかさが大切です。社務所の中は勿論のこと境内や神社の周囲の清掃は基本中の基本です。今まで疎かにしていたことをお詫びし、神社が清らかであるように新たな心で神社の清掃大作戦に日々取組んでいきたいと思います。そして支えて戴いている神様と氏子の皆様への感謝の心を深めながら神様と氏子に信頼される宮司になれるように努力したいと思います。
問題の山は宝の山 壁は新しい世界への扉。台風二十一号に気づかされた現実から新しい一歩を踏み出します。
氏子とご縁のある皆様のご指導ご協力応援よろしくお願い申し上げます。
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今日は例大祭の片づけでした。
土生神社では氏子総代さんと氏子世話人さんによって提灯の片づけ 座老さんによって幕などの片づけを行なって戴きました。
矢代寸神社では当番町の神須屋町によって例大祭と宮入りの仕様になっていた神社を元の姿に戻して戴きました。
昨日の賑わいが嘘のようなふだんの静かな地域の神社に戻りました。
夕方になると神社境内のだんじり小屋から太鼓の練習の音が響いていましたが、今日はもう聴こえません。祭りは終わったんだとあらためて感じました。
片づけにご協力戴いた氏子の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
昨日いつものように駅前の曳行から自町に戻っていく修斉地区のだんじり六台を土生神社前で見送りましたが、最後の葛城町が通過してからしばらくして私は矢代寸神社の片づけに車で向かいましたが、まだ土生新田の手前で葛城町のだんじりが止まっていました。車は通してくれましたが、土生新田たまねぎの碑前の信号のところで神須屋町の纏が見えてだんじりが村の中から出るために待機しているところでした。横目で見ながら矢代寸神社に向かい、片づけを行ないました。その帰り神須屋南の交差点で神須屋町のだんりが夕暮れの中平成最後?のやりまわしをするのを車越しに見ました。コンビニの駐車場にはたくさんのギャラリーがいましたが、今年は神須屋町は当番町でもあり、感慨深いものもあり、新しい御代に向かっていく美しいやりまわしでした。
例大祭と祭礼 ほんとにお疲れ様でした。
地域の平安と氏子の皆様の幸せをこれからも地域の神社から祈り続けていきたいと思います。
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土生町の真の誇りを感謝の気持ちと共に取り戻し、次世代に伝えたいですね。 |
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