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こんにちは、ゲストさん
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神社とだんじり祭
宮司 阪井 健二
平成二十六年度の例大祭も滞りなく執り行われ、ご奉仕ご協力戴きました氏子の皆様関係者の皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
ここであらためて神社とだんじり祭についてまとめておきましょう。
祭礼というとだんじりの曳行に参加している人だけのお祭のように思われがちですが、地域を守って戴いている氏神様を祭る神社の例大祭であり、氏子地域すべての人に関係するお祭です。だんじりの曳行に参加していなくても他人事に思うことなく氏子として例大祭の日は氏神様を祭る神社に参拝し、だんじりを見て氏子としての氏神様への感謝の気持ちや願いをだんじりに託すことが大切です。
日々氏地や氏子を守って戴いている氏神様に感謝の気持ちをこめて宮司は氏子に代わって毎日氏神様の神前にお供えをしお祭をしています。氏神様に感謝すると同時に氏地と氏子の平安を祈念させて戴いています。日々の勤めを氏子に代わってさせて戴いていることに心から感謝していますが、その一年分の感謝の気持ちを込めて氏子が地域をあげて行うのが例大祭の祭礼です。氏神様に真心が届くように出来るだけ厳かに盛大に心を込めて行うことが大切です。
だんじりの曳行にあたり安全祈願を行うわけですが、本来神様に奉納する気持ちで曳行するだんじりですから、その安全を神様に願うものではないのです。勿論どちらにせよ神様のおかげで安全なお祭も出来るわけですが、自分達が十分安全に気をつけてお祭を行い、麗しいお祭を神様に見て戴くという気持ちが大切です。したがって曳行前の安全祈願はわかりやすく安全祈願と言ってますが、ほんとの意味は神事を行う前の清めの神事と言ってよいと思います。
土生神社では神前で祈願して地車をお祓いしますが、矢代寸神社の氏子では各町の地車庫に宮司が赴いてお祓いします。地車の前で行なうわけですが、地車に神様が祀られているわけではありません。その時だけ地車の前にひもろぎの榊を立ててそこに神様が依りついているものとしてお祭を行い、終了後清めを行なったしるしにその榊を地車の屋根に取り付けます。曳行後終了の報告と御礼を兼ねて榊は神前に納めて戴きます。矢代寸神社では地車はそれぞれの町に帰るので翌日以降あらためてということになりますが、土生神社は地車が神社に帰ってくるのでその場で神前に参拝することが出来、特に町会長や曳行責任者をはじめ代表者のしめくくりの参拝はここ数年で定着してきていて翌年の祭礼につながる素晴らしいことではないかと思っています。
氏神様の例大祭に伴う祭礼ですから当然氏地の中で行われるのが基本です。しかしこの地域でも東岸和田だんじり祭として十一町による祭礼が盛大に行われるようになり、町によってはだんじりが氏地を離れて曳行される時間も長くなっているようです。その点は基本的に問題ですが、この地域の歴史と言う一面から見ると一町や一地区で成り立ってきたわけではなく、葛城山の山の口より水を戴く津田川水系の地域として時には水をめぐる争いをしながら共存共栄してきた地域です。現在でも意賀美神社の土用入祭に土生神社と矢代寸神社から参列することがその歴史を物語っています。葛城の谷全体で自然の恵みを受けて一町の暮らしが成り立ってきた歴史からすれば氏神様のお祭だけではなく、地域に関わる神様に感謝するお祭を行なうことも大切なことかもしれません。そういう地域の歴史や信仰をあらためて見直す機会に東岸和田だんじり祭がなれば意味のあることだと思います。こうしたことは他の地域でもあることではないかと思います。
勿論駅前での曳行となると土生神社の氏地ですから神社の前を通る時は一度は必ず拝礼するのは当然のこととして、通らない町も含めて前もって全町の代表者が神前に参拝されるようになっています。
今年の東岸和田だんじり祭のポスタ−に受け継がれし伝統とありました。ちょうど十年前に発生した新潟県中越地震の被災地山古志村で出会った闘牛名人松井治二さんから「伝統文化を私達が守ったのでなく、伝統文化が私達を守ってくれたのです。」とのお言葉聴いて伝統文化を私達が守ると思う前に先人が守り伝えてきてくれた伝統文化に私達が守られていることに感謝して取り組む大切さを教えて戴きました。私達の地域でもだんじりをはじめ伝統文化にどれだけ地域が守られているか、わからないのです。
しかしお祭は伝統文化であると同時にその核心は神事です。先人が一番初めに神様を祀った原点に返り、人間が作ったのでない神様と向き合い、真心を尽くして神事を行なうことが求められるのです。その核心だけは伝統というより今生きている私達が命がけで勤めないといけない神様と人の対面の瞬間なのだと感じます。
どんなに社会や地域の暮らしが変わっても先人のご苦労の積み重ねの上に現在私達がこの地域に生きていることは変わりありません。その歴史を知って感謝することが大切だと思いますし、先人がお祭にどんな願いを込めてきたかを知ることも大切だと思います。しかし現代を生きる私達は現代生きている人の願いを込めてこそ、お祭もまた現代に生きるお祭となり、地域の力となるはずです。また祭礼も時代によってより心を込めて行なえる形に変えていくことで神様に真心が届くようにしていくことが大切だと思います。
矢代寸神社では当番町がだんじりを曳くはっぴで御神輿を担いでいたのを平成十九年の御鎮座千五百年祭を機に白いはっぴで担ぐことにし、五年に一度の当番町の年は矢代寸神社の氏子として誇りを持って本殿より御を遷した御神輿を白いはっぴで担ぐようになりました。 (平成二十六年十一月吉日)
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平成二十六年度東岸和田だんじり祭に寄せて
土生神社宮司 阪井健二
今年も東岸和田駅前に十一町のだんじりが勢ぞろいする東岸和田だんじり祭の季節がやってまいりました。
この祭礼を行うにあたり大変なご苦労を戴きながら運営またご協力戴いている関係各位に対して心より感謝申し上げます。今年も事故なく安全に最後まで麗しいお祭りが行われますように祈念させて戴きます。
祭礼は本来各地区各町の氏神様の例大祭に伴う神賑行事であって、だんじりの曳行もそれぞれの氏地での曳行が基本となります。氏神様に感謝して氏神様の心を和め喜んで戴くためにだんじりを曳き出し、祭礼を行う氏子の姿をも氏神様にご覧戴くのが本来の意味であるからです。その基本は忘れられることなく大切に伝えて戴きたいと思います。
近年は東岸和田地区の連合としてのこの東岸和田だんじり祭が盛り上がりを見せていますが、東岸和田駅付近の高架化工事も進み地域が急速に変化していっていることが感じられます。目に見える光景だけでなくそこに住む人の心や価値観 生活スタイルなど大きく変化していっているのではないでしょうか?しかしどんなに社会や地域が変化しても大切なものは変わらないと思います。変化していく時こそその変わらない大切なものを見つめ直し、深くかしめる時だと感じます。
東岸和田だんじり祭に関係する旭太田地区と修斉地区は近代土生郷村と有真香村を構成した地域ですが、和泉葛城山から水を戴く同じ津田川水系の地域として共存共栄しながら水をめぐる争いをした歴史も伝えられている地域です。今はもうそんな歴史も遠いことのように感じられますが、現在でも夏の土用入りの日に意賀美神社で行われる土用入祭に土生神社と矢代寸神社から参拝をするならわしが続いています。こうした地域の歴史的な背景があって今日の東岸和田だんじり祭が行われるようになってきていると受け止めています。先人のご苦労の上に今日の私達の暮らしがあるのです。
秋には東岸和田だんじり祭の舞台となる駅前で毎年お盆の季節になると土生町の盆踊り大会が行われ、室町時代から伝わるという土生鼓踊りが踊られています。私も町民の一員として毎年踊るのですが、もともとこの踊りは雨乞いの踊りであると言われています。やはり先人の御霊が帰ってくるお盆に先人の一番切実な思いのこもっている雨乞いの踊りをおどることが自然なのでしょう。東岸和田だんじり祭も先人の切実な地域の共存共栄の願いが息づいている祭りとしてその伝統を受け継いでいくことが地域の絆を深めることになり、各町がよりよい町に発展することにつながるでしょう。その姿をそれぞれの氏神様に見て戴き喜んで戴くことがふだん守って戴いていることへの感謝を表すことだと重います。東岸和田だんじり祭が地域の人達のそんな感謝の心を推し進める力となりますように祈念しています。よろしくお願い申し上げます。(平成26年9月23日 記)
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