人生と出会い

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平成十八年十二月十一日ご逝去された坂村真民先生の三回忌が明日やってきます。


十代の頃深い挫折感の中にいた私は真民先生に助けて戴き、人間としての心を育てて戴きました。
真民先生に出会わなけば今日の私は勿論ありません。


今年の四月には先生の後を追うように先生の奥様が亡くなられました。
あらためまして真民先生御夫妻のご冥福をお祈り申し上げたいと思います。


そして御生前に戴きました御恩にあらためまして深く感謝し、その御恩に少しでも報いる生き方をしていきたいと心を新たにします。

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今日は土生神社の近くで地鎮祭がありました。
以前氏子世話人さんも勤めて戴いた大変お世話になっている方が娘夫婦さまと二世帯で住まれることになり、二軒分を更地にされたところに家を建てられることになったのですが、そこに建っていた二軒のうちの一軒を私は以前借りて一年間住んでいたことがあったのです。


私は大学を出てから十五年間実家の神社で宮司である兄のもとで禰宜として勤めていましたが、自分の進む道が見つからずに悶々とした日々を過ごしていました。


そんな中平成七年に阪神淡路大震災が起き、ボランティアとして被災地に入りました。
しかし、ボランティアとして厳しい現実に直面させられている被災された方と向き合っても世間知らずの私には一人の人間として真正面から向き合えないもどかしさを感じました。
やはり私自身がもっと責任を持つ立場でまず自分が暮らしている地域の人と関わる人間にならなければいけないと思ったのです。


その当時私は実家の神社の社務所に母と暮らし、兄夫婦は子供達と神社の境内にある離れに暮らしていましたが、子供達も大きくなり、そろそろ住む場所を交替しようということになった時、私は離れに母と暮らすのをやめ、家を出ることにしたのです。
その時手伝いを時々させて戴いていた土生神社の近くにある方の紹介で安く家を借りることが出来て住んだのが今日地鎮祭のあった場所に建っていた二軒のうちの一軒だったのです。


それまで私は一時期下宿をしたことのあるものの人生の大半を神社の中で生活してきました。
初めて一般の住宅で生活することになり、今まで気づかずにいたたくさんのことを知ることになりました。
神社の中で生活していると地域と知らず知らずのうちに距離を置いていた意識があったことも知らされました。
そして、その新しい一歩が私の宮司への道にもつながっていったのです。


阪神淡路大震災から来月で十四年となります。
あの大震災がなければ、私は実家を出ることも、土生に来ることもなかったかも知れません。
あの大震災の六千四百名を超える犠牲者の命が私を宮司として生かして下さっています。
そのことを思うともっともっと地域のために 世の中のために真心を尽くしていかなくてはいけないと、今日の地鎮祭をお勤めしながらあらためて強く感じました。

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今日ははるばる滋賀県から大萩茗荷村と地元の村の支援者総勢九名が土生神社にご奉仕にお越し戴き、木の剪定や草刈りなどして戴き、境内を大変美しくして戴きました。


茗荷村からのご奉仕は今年でもう五回目になります。
今日来て戴きましたメンバーの最年長は八十三歳の藤澤さんで、とてもお元気で松の木の剪定を見事にして戴きました。ご奉仕戴きました皆様、ありがとうございました。
来年もまた皆様お元気でご奉仕に来て戴けることをお待ちしております。


茗荷村では障害を持たれた人と健常者が助け合って村づくりをされています。
四つの村是があります。

○賢愚和樂
(男女、老若、強弱、貧富など、皆それぞれに差はあるが、たったひとつのかけがえのない『命』を持っている点ではなんの別もない。したがってみんな仲良く和して楽しく暮らしていけるように努力すること。)


○自然随順
(自然を汚したり、壊したりしないで、衣食住ともに、自然にしたがって生活して行こうと努力すること。)


○物心自立
(自分のことはなるべく自分でやろうという、心の自立と物の自立を目指すこと。)


○後継養成
(村づくりは幾世代にもわたることなので、次代を担う若者の養成に努力すること。)


私も村とは二十年来のつきあいがあり、最近行ってませんが、若い頃村でたくさんのことを学ばせて戴きました。


ところで村が関係している活動のひとつにタイやラオスの支援活動があり、先月支援活動に入って、例のバンコク空港の占拠により、五日間足止めにあった人が今日来て戴きましたメンバーの中にもいました。
そんな広い世界からの風を届けてもくれる村とのつながりです。

すわらじ劇園 ケータイ投稿記事

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一燈園祷立『すわらじ劇園』の大阪公演に知人の宮司様よりご招待戴き観てきました。


今回の上演作品は中野實作「喜劇・明日の幸福」でした。


昭和30年頃のお話ということになっていますが、どんな人生を歩んできたのであれ、また明日の幸福を信じて生きていくことが出来た一昔前の日本の姿がそこにありました。
しかし私達もどんな時代であれ、あるがままの姿で明日の幸福を求めて生きていかなくてはならないのだろうと思いました。


上演に先立って一燈園当番さんのご挨拶がありましたが、ダライ・ラマ猊下に謁見されたことにふれ、世界平和への祈りについて語られました。


すわらじ劇園の名前はガンジーの独立運動「スワ・ラジ」に由来し、劇園誕生から今年で77年目になるそうです。


『すわらじ劇園の祈り』

すわらじ劇園の同人が
・常に反省と精進を怠らず、俳優たる前にまことの人となることが出来ますように。
・衣食のために芸術を売るような心を起こさず、自らの額に汗して、下座の奉仕にいそしむことが出来ますように。
・全体の完成のためには、喜んで自らを捨て、時代苦を己の罪とし、常に懺悔の心を持し、感謝報恩の行に励むことが出来ますように。

すわらじ劇園の運動が
・悪に妥協せず、暴力を用いず、おひかりの道によって、理想の社会を実現するための一つの捨石となることが出来ますように。
・世界をして
真に平和たらしむ不二の光を、あまねく人々に伝うるための小さき灯となり得ますように。


すわらじ劇園ホームページhttp://www.swa-raj.com/

中今 ケータイ投稿記事

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今夜は石川洋先生の講演を聴きに天満まで行きました。
駅を降りると、天神祭の船渡御乗船募集の垂れ幕が目に止まりました。


会場に行く途中天満市場をちょっと覗くと、あかなすとか岸和田の市場ではあまり見かけないようなものが並んでいました。鍋用のスッポンはベトナム産でした。


石川洋先生のお話しはいつもながら78歳になっておられるとは思えない力強いお話しでした。
愛とは自己責任の拡大であり、そこに人間の成長がある。
いい年して迷ってばかりの私ですが、小さな自分にとらわれず小さなことでも愛をこめていく生き方をしていきたいという新たな決意をさせて戴くエネルギーを戴きました。


大切なことは死ぬ覚悟でなく生きる覚悟である。
先生は最後に神道でよく使う『中今』ということを言われました。
神代から連綿と受け継がれている命を今生きていることを大切にしていきたいと思います。


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