神様に守られている国

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私は自分の表現の仕方に言い換えているので誤解されるかも知れませんが、基本的に目に見えない世界に立脚して目に見える世界を大切にするのが保守の立場であると思っています。

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神様を畏敬する心が大前提としてあり、大自然を通じて神様の世界とつながっていると考えるのが神道の立場ではないかとも思っています。

保守の立場と言いながら、目に見える世界に立脚して目に見えない世界のことを言う政治家や研究者も多いです。
そのような立場の人とは同じ事象を見ていても全く捉え方が違います。

天壌無窮の神勅を戴いて天皇陛下の存在があるとしたらそれは神様の絶対肯定から始まっているわけですね。それは人間の権威ではなく、むしろ人間の権威を慎むということに立脚していると言えるのではないかと考えます。

人間が地上の世界を支配しているように見えても大自然に生かされているということを忘れないように天皇陛下を戴いていると神道の立場からは言えるのではないかと考えます。このことは大嘗祭を終えて天皇陛下の即位が完了すると考えられることからも言えるのではないかと思います。
でもそんな私の考えを日本の天皇ではないと否定する人もいます。
面白いですね。
別にその人の考えを否定するつもりもなく、私は学問的に専門家になれないにせよ、人間は死ぬまで勉強しないといけないとあらためて感じます。
「平成」の終わりに      宮司 阪井健二
 
 平成時代も残りわずかとなり、あらためて平成時代を振り返る時に心にひっかかる一つは自分と同じ世代の若者であった優秀な人達がオウム真理教のようなカルトに巻き込まれ、世界を震撼とさせた地下鉄サリン事件などを惹き起こし、人生の長い時間を獄中で過ごし、そして死刑で人生を終えたことです。奇しくも麻原彰晃こと松本智津夫と元幹部六名が死刑となった平成三十年七月六日は私の五十四歳の誕生日でした。
 平成の締めくくりにもう一度この事件のことを深く考えておきたいと思い、私は去る三月十六日に東京で開かれた地下鉄サリン事件24年の集いに参加し、初めて被害者の会代表の高橋シズヱさんにもお目にかかりました。高橋さんのご主人が亡くなられた事件の現場である営団地下鉄(当時)霞ヶ関駅千代田線5番ホームにも行って黙祷させて戴きました。高橋さんは死の償いを無駄にしてはいけないと言われています。
 日本の歴史や伝統 そして宗教が正しく若い人達に伝えられる社会であったなら高い能力を持ち優れた宗教的感性も持ち合わせていた若者は決してカルト集団に巻き込まれるようなことはなく、日本の素晴らしい精神的指導者になっていたはずです。
 知識や情報があふれ、誰でもどんな知識や情報でも簡単に手に入れることの出来る現代ですが、日本の歴史や伝統 宗教は日本の心を伝えるものであって単に知識や情報を伝えるものでありません。その心を学校ではもとより家庭でも地域でも伝えられなくなっているのが現状ではないでしょうか?そして日本とか、天皇陛下とか言うだけで国粋主義者のように思われ、極端になると軍国主義に結びつけられてしまうような風潮さえ以前はあったかもしれません。
 それがこの平成の三十年間にわたる今上陛下の歩みによってその作られたイメージが払拭され、日本の国を愛する気持ちを多くの国民が大切にしようという思いをまた抱き始めているのではないかと感じています。
 この御代替りを他人事のように単に奉祝で終わるのではなく、私達の国がどうして天皇陛下を戴いている国なのかをあらためて感じ、その祈りを一人一人がよく受け止めて新しい御代をどう生きていけばいいのかをよく考える節目にもしていかなくてはいけないと思っています。
 元号を含めさまざまな国の形を外国から学んだのは事実ですが、大切なのはこの大自然の中から生まれた日本の心です。大自然に生かされ、大自然に支配されて生きているのが私達のほんとの国の姿です。そのことを忘れないように私達の国は政治権力の上に天皇陛下を戴いているのです。
 神武天皇が国を建てられた時にこの国土の魂が天皇陛下の霊に宿ったと考えることができます。災害が起きると自らの心と身体が傷ついたかのように被災地に自ら赴かれ、国民に寄り添い祈られる今上陛下の姿にあらためてこの日本の国土に宿っている魂と天皇陛下の魂が一体のものであることを感じさせて戴きました。
 大自然と一体としてある人間の命であり、人間の力に驕らず、大自然と共に生きるのが神様と共に生きることであり、そのことを忘れないようにお祭を行い、地域で助け合ってきたのが日本人の伝統的な姿です。その伝統的な姿を一つの国として守って戴いているのが天皇陛下の存在です。
 ですから右であれ、左であれ、偏った考えに走るのは人間の力におごっていることであり、本来のこの国の姿を見失っていることになると感じています。
 対外的にまだまだ国防が必要で軍事力を捨てられない私達ですが、本来この国土の大自然に感謝して生き、人と人が助け合って暮らすのがこの国のあるべき姿です。そういう日本の国を今日まで守り伝えて戴いた先人に感謝し、力とお金で人間を支配しようとする世界から日本の国を守り、それが真の世界平和につながっていくように努めるのが日本の使命でしょう。
 まずは国民の一人一人が感謝と思いやりの心を持って、大自然に従って暮らし、身近な人達と助け合って暮らすこの国の原点に立ち返って平成を締めくくり、新しい令和の御代を迎えたいと願っています。
 この三十年間国民の安寧と幸せを祈って戴いてきた天皇陛下に心より感謝申し上げます。天皇陛下が国民に寄り添って戴いてきたということはとりもなおさず神様が寄り添ってきて戴いてきたということであり、平成の御代に起きた災害や事件のことをこれからも忘れることなく、出来るかぎりの支援を続けていきたいと思います。
 
 平成時代にご縁を戴き、お世話になった皆様にも感謝申し上げます。ありがとうございました。令和となっても引き続きご指導をよろしくお願い申し上げます。    平成三十一年四月吉日
 

神武天皇祭の日に

今日は神武天皇祭の日でしたね。末社の肇国神社を通して神武天皇陵と橿原神宮を遥拝しました。

https://youtu.be/KqK9Gk0ndSQ
小野元裕さんを通じて元自衛官で現職の時海自第五航空群司令として沖縄で重要な任務にも就かれた関西防衛を支える会の高橋忠義会長さまに矢代寸神社の国防御守をまとめて受けて戴きました。国防御守は何より国を守る任務にある人を守る御守であり、国を愛する人を守る御守です。

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その関西防衛を支える会の二十周年式典に行ってきました。合わせて慰安婦問題についての講演とシンポジウムもあり、呉善花氏や杉田水脈氏や奥茂治氏のお話も聴くことが出来ました。

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国防というのは戦争をするためにするのではなく、平和を守るためにするものです。
私達の立場は国防と神道は一体のものです。
私達人間は人間の力を越えたものに命を与えられ、大自然に生かされています。人間の力に奢ることなく、大自然に生かされていることを忘れないようにお祭りをすることを大切にするために政治権力の上に天皇陛下を戴いているのが我が国の国の本質であり、そして願いです。
しかしこの世界を力で支配してゆこうとする国が地上にあり、人間の力の奢りから争ったり平和を追求したりしています。私達の国の本質が世界中に広がっていけば世界は真の平和になります。でもそうは簡単に出来ないのでこの日本を守る国防がまだまだ必要です。この日本を残していくことが世界が真の平和を目指していくためには大切なことなのです。

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