助祭奉仕

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ハレとケ ケータイ投稿記事

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今日は快晴の一日でした。


午前中岸城神社の例祭式に助祭に行き、無事終わりました。宮座座老8名、神社役員・総代21名の参列がありました。


いつもだと、例祭式が終わったら、続いてだんじりの宮入り式があるのに、今年からだんじりの曳行が土日に変わったため、今日は例祭式だけで終わり。お祭りの変化を実感しました。



それでも岸城神社の例祭の日ということでお参りする祭礼団体の姿もいくつも見られ、大手町は団体で昇殿参拝。こんど新しく建設される社殿は土間なので土足でそのまま入れるようになります。だんじりの関係者が地下足袋を脱いで拝殿にあがるのも今年が最後ということになります。



だんじり祭は今日午後から試験引き、明日から本番で、午前6時に曳き出し。明後日午前9時45分から岸城神社に宮入りします。



台風が近づいており心配です。下駄祭りと昔から言われ、雨の多いお祭りではあるんですが。








だんじりは

ふるさとの大地と共に

走る。

ふるさとの先人の

思い出を

無数に乗せ

ふるさとの空を揺らしながら

過去と未来を

掻き分け

走る走る走る。





お祭りの間は日常の時間が止まり、別の時間の世界に入っている気がします。ハレとケということばもあります。それにつけてもだんじり曳行が神社の例祭の日とは別の土日開催になったことは少し残念な気がします。土生神社の例祭を含む十月祭礼の方はずいぶん以前からそうなっているのですけどね。

岸城神社宵宮祭助祭 ケータイ投稿記事

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今日は朝から岸城神社の宵宮祭の助祭に行きました。


岸和田だんじり祭は土日開催となりましたが、岸城神社の例祭はそのまま14日15日で行われるので、今日が宵宮 明日が本宮ということになります。


今日の祭典は本殿で神職のほか宮座の座老さん八名が白衣袴に白い浄衣を着用して参列して行い、続いて湯立神事が行われました。


湯立神事は社殿前に設けられた、四方忌竹を立て注連縄を張った祭場に並べた忌釜に湯を満たし、巫女が神前に献湯の後神楽を舞い、宮司が献湯者名を読み上げる中、小笹の束で湯を撒きお祓いを行いました。


こうして本宮を迎える宵宮の清め祓いは滞りなく終了し、明日の本宮を待つばかりとなりました。明日の本宮は午前10時から例祭式を執り行います。


今回の例祭終了後岸城神社の創建650年記念事業により現在の社殿は取り壊され、新しい社殿に生まれ変わることになります。幼い頃から親しんだ社殿で最後の奉仕となる今回のお祭りには感慨深いものがあります。

兄弟の助け合い ケータイ投稿記事

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今朝の五時半過ぎ突然岸城神社の宮司である私の兄の奥さん 私の義理のお姉さんから携帯にメールが入りました。何事かと驚いてみると、宮司が朝から気分がすぐれず、今日午前中に予定されているだんじり6台のお祓いに代わりに行ってくれませんかというのです。



岸和田だんじり祭の本番は次の土日に迫っています。今年初めて土日開催となったのですが、毎年岸城神社では本祭までに氏子のだんじり15台全町に出向いて地車曳行安全祈願清祓式を行っているのです。私も兄のもとで仕事をしていた頃は同行して奉仕していました。



お祓いに行く日はばらばらで今日は残り6台のお祓いに行く日だったようです。



数年前からお祓いに民の謡代表・篠笛奏者の森田玲さんらが同行して参列者玉串奉奠の間演奏をして下さっています。そして今年は別の神社から神職さん一人助祭をして戴き宮司と共にお祓いに行く段取りになっていたようです。



今日は私の方は兼務している矢代寸神社で11時と11時半に初宮参りの予約があります。6台のお祓いを全部済ませるととても間に合いませんが、出来るとこまでして、後は申し訳ないけれど助祭の神職さんお一人にまかせるということで兄のピンチヒッターとなりました。



今日お祓いに行くだんじりのある町は主に昔は漁師町であった浜地区のだんじりです。私の車と森田さん達の車2台で出向きましたが、1町目の紙屋町に着いたとたんに雨が。どうなることかと思いながら車の中でしばらく待機していますと、通り雨だったようで、その後は天候が回復し、無事お祓いを進めていくことが出来ました。



紙屋町、中町、大手町、大北町と終わったところで10時半になっていました。戻る時間を考えると、それでタイムリミットとなり、後の2町は助祭神職さんにお願いをして、私は矢代寸神社の方に急いで戻りました。



昨日からまた真夏のような暑さで、お祓いをしている間も汗が出っぱなしでしたが、何とか無事終わってほっとしています。



兄もここのところ大変忙しくて無理をしていたのかもしれません。今日は市民病院で点滴をうち少し落ち着いたようです。



兄には来月には土生神社と矢代寸神社のお祭りが同日なので助祭に来てもらうし、兄弟の助け合いで神様へのご奉仕をさせて戴いていることに今日もあらためて感謝の念を強くしました。



私の中学一年の時に亡くなった父が「男兄弟がいてくれたら」と言っていたのをまた思い出しました。

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岸城神社末社仮遷座祭 ケータイ投稿記事

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昨日は午後7時より、実家の岸城神社で末社の仮遷座祭をお手伝いしました。兄である宮司、職員の権禰宜、そして籍だけはまだ禰宜として残っている私の三人奉仕でした。



岸城神社では平成23年創建650年を迎えるにあたり、記念事業として社殿改築や境内整備を行うことになっているのです。



今月末には本殿より仮殿への遷座祭が行われることになっており、その前段階として末社の遷座祭を行ったというわけです。式次第を簡単に記すと、


一、修祓
一、宮司一拝
一、祝詞奏上
一、開扉
一、遷御
一、入御
一、献饌
一、祝詞奏上
一、玉串奉奠
一、撤饌
一、閉扉
一、宮司一拝



遷御、入御の間は消灯し、真っ暗闇の中でのご奉仕でした。神様に失礼のないように慎重にご奉仕をさせて戴きました。


今回こうして末社の遷座祭が行われたのは、特に来週に例大祭、いわゆる岸和田だんじり祭が迫っており、それまでに末社の一つである厳島神社の堀を埋め立ててしまうことになったのです。そこには新しく神楽殿が建設されるのです。



岸城神社のある場所はもともと岸和田城内であり、この厳島神社は明治時代になって岸和田城の堀の一部を利用して祭られたものです。


今回社殿を一新し、境内を整備し、地域の人々が祖先から受け継がれた国と地域の歴史と伝統を守り、これからもこの地で平和に幸せに暮らしていくことが出来ますように、創建650年記念の節目に祈りを深く込めるのです。






私事になりますが。石の橋がかかっていますが、幼い頃私はよくこの石橋にぶら下がって遊んだ(怒られましたが)ものです。この堀にも小さい頃からの思い出がいっぱい詰まっています。その思い出ごと埋め立てられてしまうのでしょうが、そろそろ人生を生きてきた時間も長くなってきたので、こういう周りの大きな変化が起きてくるのも自然のことと思います。また私も生まれ変わって生きる時が来ているのだろうと感じています。




刻々と
変化していく
周りの風景
私も
生まれ変わり
新しい自分を
生きていくのだ。

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