神明奉仕

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この世には ケータイ投稿記事

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この世には


死ぬために


生まれてきたのではなく


生きるために


生まれてきた


その喜びで


悲しみや


寂しさも


包みながら


日々


静かに


神様にお仕えして


生きていきたいと


願っています。

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今日はお祭りを迎えるに当たり、土生神社と矢代寸神社の本殿、鳥居、社務所、手水舎などに張られている注連縄の紙垂(しで)を新しく作り、付け替える作業をしています。注連縄はお正月を迎える時に一年に一度新しくしますが、お祭り前にもなると、紙垂は古くなり、飛び散ってなくなっているものもありますので、お祭りを迎えるために主な場所の注連縄の紙垂は取り替えることにしています。



この紙垂のかたちは一説では雷(神鳴り)のかたちを現していると言われています。今実りの秋を迎えつつありますが、稲(いのちの根)は雷の光を受けて神様のいのちが込められてお米が実るのですね。神様のいのち、そして祖先やお百姓さんのいのちが込められている「お米」。日本人はそのようにいのちを生み出す力を神聖なものとしてとらえ、その象徴として雷のかたちを注連縄に取り付けたのでしょう。(その前に神様の依り代としての御幣の起こりがあるとは思いますが)注連縄が張られた場所は神聖な場所を現し、心身を清め新しいいのちを生み出していくための場所なんですね。



今日は誰もいない境内で一人注連縄に紙垂を取り付ける作業をしていますと、遠い祖先から連綿と受け継がれてきた道を私も今こうして歩ませて戴いていることに感謝の気持ちが込み上げてきました。神様に見守られながら先人達が築いてきた歴史の重みの中に私達一人一人のいのちの重み、人生の重みがあるのではないでしょうか。



そして私達一人一人のいのち、一人一人の人生の中に歴史の重み、伝統の重みが生きているのであり、その歴史や伝統を貫いて神様や祖先に見守られていることを日本人は大切にしてきたのだろうと思います。それは個人で、自分で勝手に否定することは出来ないのだろうと感じます。



だんじりを曳くのもふるさとの大地を踏みしめて走りながら、その歴史や伝統、そしていのちの重みを踏みしめることが大切なのだろうと思っています。



そんなことが今日は作業をしながら強く感じられてきました。

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秋分の日に ケータイ投稿記事

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今日は秋分の日。お彼岸の中日でしたね。



早朝秋空の遥か遠くにおられるこの国の多くの祖先の皆様に感謝の心が届くように願いを込めて国旗掲揚台に高く高く日の丸の旗を揚げました。



午前10時よりは、兼務している矢代寸神社の社務所のトイレ水洗化工事、アルミサッシ戸・網戸・雨戸取付工事、天井板張替工事、外灯設置工事が終了しましたので、その奉告祭を神社責任役員2名と業者参列して行い、現場をお祓いしました。本来ですとお彼岸が開けてからしたかったのですが、明日氏子5町による神社境内掃除が行われるということで、社務所も明日使いますのでやむなく今日の奉告祭となってしまいました。(写真は矢代寸神社の様子・3枚目は改修した社務所)



兼務神社から戻りますと、正午からは土生町のだんじりが明日ブレーキテストを行うということで、そのためのお祓いを行い、町会長、祭礼委員長(町会副会長が務める)、曳行責任者はじめ祭礼各団体の代表参列のもと、はじめに本殿前で祭典を行い、その後だんじりの四方を祓い清め、明日のブレーキテストが無事終わるようにお祈り申し上げました。



こうして、私達のちっぽけな営みの一つ一つに出来る限り手抜きせず神様への感謝の気持ちを込めてお祭りを行い祓い清める。そのことを通して私達の日々の営みが確かに神様に見守られ、どんなにちっぽけなものでもはかないものではなく、永遠の世界から絶対肯定されたものであることを共に受け止めていく。それが神社に関わることだけでなく、ふだんの生活の一つ一つにそういう気持ちを込め、節目と思われる時にはお祭りを行うことが日本人の伝えてきた生活のあり方であったと今日はあらためて感じる一日でした。







この地上に



人間や



すべての生命あるものが暮らし



築いてきた歴史



そしてささやかな日々の生活を



大切に感じる心を



いつまでも



いつまでも



人間が見失うことのないように



末永く



この地上の世界の暮らしが守られていきますように



鎮守の森の中で



日々祈り



お祭りを大切に勤め



地域の人と共に生きてゆこう。

お祭りの意味 ケータイ投稿記事

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昨日は疲れていて一日休養していました。

それでも台風の影響による強風で落ちた落ち葉や枯れ枝の清掃はしなくてはなりませんでした。



落ち葉を掃き集めながら、私達は大きな自然の力に守られて生きているということが体の底から湧きあがるように感じられてきました。



私はよく自然の災害地に行くのですが、自然の災害が起きると私達は大騒ぎをします。でも本当はその災いの何倍もの恵みを私達は毎日戴いて生きているのです。



災害が起きて大騒ぎするのなら、私達は毎日この自然の恵みを戴いていることに何倍もの大騒ぎをしなくてはいけないでしょう。



でも、そんなことは毎日しておられないから、日を決めて大騒ぎをし(と言う表現は適切でないかも知れませんが)、神様に自然の恵みに対する感謝の心を捧げるのが日本人の行ってきた祭なのです。



秋になりますと、この土生でもそうですが、岸和田周辺一帯でだんじり祭が盛んです。ふだん当たり前に思っていることが本当は当たり前のことではなくて大きな神様の恵みなんだということを現すために出来る限り盛大にやらないといけないし、そのお祭りの持っている意味をよくかみしめたいと願っています。








・・・・・・・



風が落としていった


落ち葉の一枚一枚も


短い間でしたが



私達と同じ時間を共有した



いのちの仲間でした。



大切に心こめて



お掃除しましょう。



それはお祭りするのと



同じぐらい大切なこと。

神明奉仕 ケータイ投稿記事

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8月8日(火) 今日は立秋



台風が近づいてきています。



また災害が起きませんように神前にお祈りを捧げています。


そして自然の脅威を畏れながら、自然の恵みを感謝して戴いてきた祖先の心に立ち返り、私達の生活のあり方を見つめていきたいと神明奉仕に今日もつとめています。








風がばらまいていく


光と影の音


・・・・・・



永遠から一瞬解き放たれた



いまこの命を



ひたすら燃やして生きよう。

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