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書庫【Aspect・in・Jazz】


☆ジャズ(英: jazz)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ南部の都市を中心に発展した音楽形式。アフリカ系アメリカ人の音楽形式と西洋音楽の技術と理論が融合して生まれた。演奏の中にブルー・ノート、シンコペーション、スウィング、バラード、コール・アンド・レスポンス(掛け合い演奏)、インプロヴィゼーション、ポリリズムなどの要素を組み込むことが特徴的とされている。 その自由な表現形式は黒人音楽家のみならず白人音楽家にも注目され、技法や理論など急速に発展した。20世紀半ばには人種の枠を越えた音楽のジャンルとして認識され、現代音楽理論をも内包する高度な体系をつくりあげた。その結果、人種、国籍や狭義のジャンルを越えた音楽芸術の現代的様式の一つとなり、様々な方向性に発展を見せる現代の音楽の源流を形作った存在であると考えられている。 (ウィキペディアより)

★ジャズを聴き始めたのは中学2年、13才の頃でした。東京FMの深夜番組に【アスペクト・イン・ジャズ(1973〜1979)】と言う番組が有りました。JAZZ評論家の油井正一さんが、渋い声で司会を務められていました。たしかTDKがスポンサーで毎週火曜日の深夜1:00〜3:00だったと思います。
詳しい説明とモダンジャズが心を揺さぶられ、さらに、この世界にのめり込んでしまいました。
趣味のjazzをランダムで、ご覧いただきたい。♪

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小林 香織(こばやし かおり)
 
(こばやし かおり、1981年10月20日 - )は、日本ジャズフュージョンミュージシャンである。アルトサクソフォーン、フルート奏者。神奈川県生まれ、東京都育ち。新星として、ジャズの世界で注目されている。父は写真家・小林稔
 
前回の山中 千尋につぐ女性アルトサクソフォーン、フルート奏者だ!!
 
なんとキュートで可愛いのでしょうね。演奏が始まるとその魅力を爆発させるほどにパワフルだ。
 
小林香織 話題のサックス・プレイヤー、 世界最大級のジャズ・フェスでも大人気!
 
それではご紹介します。
 
 
も〜〜〜う。。ノリノリですね。
 
 
小林 香織
Kaori Kobayashi
サックス奏者、作編曲、プロデュース
1981年10月20日 神奈川県生まれ、東京在住  天秤座B型
親がピアノ教師だったこともあり、0 歳からピアノに触れ、
中学 1 年から吹奏楽部でフルートを始める。
高校2年の時、アルト・サックスを始め、1 年半の間、
クラシック・サックスを原ひとみ氏に師事。
高校3年の夏からJAZZ を学ぶ。
2000年洗足学園音楽大学ジャズコースに入学。
ジャズ・サックスをボブ・ザング氏に師事。
2004年洗足学園音楽大学ジャズコースを卒業。
在学中より都内のライブハウスで活動をはじめる。
2005年2月ビクターエンタテインメントよりアルバム「Solar」でデビュー。
2005年6月CROSSOVER JAPAN ’05 に出演し、
村上“ポンタ”秀一(ds)野村義男(g)らと共演。
2006年3月2nd アルバム「Fine」を国内のみならず台湾・韓国でもリリース。
2006年10月ライヴDVD「Kaori Kobayashi LIVE」をリリース。
2007年3月スペシャル・ゲストに char(g)を迎えた3rd アルバム「Glow」をリリース。
初の韓国公演を果たす。
2008年6月4th アルバム「Shiny」をリリース。
2009年3月ベストアルバム「小林香織ゴールデン・ベスト」をリリースし、同時にゴールデン・ベストに収録された曲の楽譜とインタビューなどを掲載した
「ゴールデン・ベスト スコア・ブック」を出版。
2009年12月5th アルバム「LUV SAX」で初のJ-POP カヴァー・アルバムをリリース。
2010年8月台湾で YouTube にアップされたライヴ映像が 350 万回を越えて閲覧され、台湾の総合チャートで15位、ジャズ・チャートでは1位 2 位 3 位を独占。
アジアでの人気がスポーツ紙やテレビ等でとりあげられ、日本テレビ『スッキリ!』に生出演。
2012年1月タイのサックス協会SAX SOCIETYより「アジアで最も美しいサックス奏者」として賞を授与され、バンコクのみならず、
チェンマイシティジャズフェスにも出演 。
2012 年2月初のセルフプロデュースアルバムとなる7枚目のアルバム『SEVENth』では、津軽三味線奏者・浅野祥とのコラボレーションや、
女性のみで結成したロックバンド「Black Berrys」でレコーディングするなど、様々な事に挑戦し、高い評価を得る。
日本、台湾、香港、シンガポール、韓国にて、 同時リリース。
2012年6月You Tube の映像閲覧が500万回を突破し現在も記録更新中。
2013年2月10人のトラックメーカーを起用し、R&Bをテーマとした8作目のアルバム「Urban Stream」をリリース。
また、ラジオのパーソナリティー、音楽番組のナビゲーターや、音楽イベントの司会を務める他、
2012年より、母校である洗足学園音楽大学ジャズコース、講師に就任するなど、幅広く活動している。
小林 香織オフィシャルファンクラブ「GOLD CLUB」
http://kaorigold.com/
 
 
いつも ありがとうございます。m(__)m
 
 
←こいつも。。m(__)m
☆私の好きなモダンジャズは、いよいよクライマックスになり、今日が最終回を迎えました。
皆様ご声援ありがとうございます。
 今日は、1940年から60年にかけてのモダンジャズの前の、1930年代から1940年代初めにかけて大流行した、白人が主体となって作られた大人数編成によるジャズの形態の一つであるスウィング・ジャズをご紹介します。そもそも黒人ブラスバンドやマーチングバンドと呼ばれるものとは、音楽的に直接の関係はないとされるがブラスバンドから発展したともいわれている大人数のジャズ、ビッグバンドの形態の一つであります。
ジャズの系譜の中では初期のものにあたる。スイングジャズは、スウィングのリズムを含んだ軽快なダンスミュージックであり、ジャズの特徴である即興演奏(アドリブ)や個人演奏(ソロ)よりも、念入りな打ち合わせに基づくビッグバンド全体での演奏(アンサンブル)に重点が置かれた。世界大恐慌で、人々は甘く、癒しの音楽を望む傾向になった。さらに、ラジオや蓄音機の登場で、レコードが普及、一定時間内に終わる必要性が出てきた。また、ライブを観に来た客も、レコードと同じ演奏を期待するようになった。そのため、楽器曲の緻密なアレンジ(編曲)が要求され、アレンジャー(編曲者)も重要視されるようになった。
代表的なミュージシャン イメージ 1
クラリネット
◗アーティ・ショウ
◗ベニー・グッドマン
サクソフォン
◗レスター・ヤング
トランペット
◗ルイ・アームストロング               
◗ハリー・エディソン
◗ハリー・ジェイムス
トロンボーン
◗グレン・ミラー
◗トミー・ドーシー
ピアノ
デューク・エリントン
◗カウント・ベイシー
◗フレッチャー・ヘンダーソン
その他
◗ライオネル・ハンプトン(ヴィブラフォン
グレンミラー、カウントベイシー、ベニーグッドマン も迷いましたが、今日は、私の好きなデューク・エリントンをご紹介します。
略歴
1899年、ワシントンD.C.で生まれる。父親は、著名な白人医師ミドルトン・カスバートの執事であり時々ホワイトハウスへの仕出し業も行っていた。小学生の頃からピアノを習い始め、ハイスクールでは校内のパーティでピアニストとして活躍していた。同時期に音楽教師から高度な作曲理論を学び(「私の音楽に対する勉強は、GフラットとFシャープの違いを学んだことからはじまった」という言葉は有名)、1916年にピアニストとしてデビューした。その後ニューヨークに進出し、1927年にニューヨーク市マンハッタン区ハーレムにある高級クラブ「コットン・クラブ」とバンド契約した。1930年代から第二次世界大戦後にかけてA列車で行こう』(作曲はビリー・ストレイホーン)など、音楽史に残る様々な作品を世に出した。
 
1964年に新潟市で新潟地震が発生した際に日本公演を行っていた。地震の被害を知ったエリントンは次に予定されていたハワイ公演の予定をとり消して東京厚生年金会館にて震災に対する募金を募ったコンサートを開催した。その後コンサートの純益である96万円が新潟市に贈られ、再来日した1966年には新潟市より国際親善名誉市民の称号が贈られた。
 エリントンが亡くなった現在でも彼が立ち上げたオーケストラは存続しており、2008年にも日本公演をしている。
特に有名な曲が「A列車で行こう」 (Take the 'A' Train) は、ジャズのスタンダード・ナンバーの一つで
1939デューク・エリントンが楽団のピアニスト兼作編曲者であったビリー・ストレイホーンに作詞・作曲をオーダーして作られた作品である。1941年2月15日にエリントン楽団の演奏でレコードが発売され大ヒットした。
それでは、代表曲でもあるA列車で行こうを聞いてみよう。                     
                                                                                                   (by:Wikipedia)
 
 Duke Ellington: Take The "A" Train
 
 
 
 ☆この曲もあまりにも有名だ・・Duke Ellington - Satin Doll
 
今年の、予約は・・コットンクラブにて・・http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/111216duke/ 
12.16.fri - 12.20.tue
Showtimes 7:00pm & 9:30pm
※12.18.sun Showtimes 5:00pm & 8:00pm

メンバー未定

http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/images/simg_40.jpg
■自由席
テーブル席 : ¥9,000

■指定席
BOX A (4名席) : お1人様¥11,000
BOX B (2名席) : お1人様¥10,500
BOX S (2名席) : お1人様¥10,500
SEAT C (2名席) : お1人様¥10,000

<予約受付開始日 : 10/15(土)>
 
☆次回は10月の予定・・お気に入りの曲です・・(^^)/
 
ハード・バップ  は、モダン・ジャズの一つ。アメリカ東海岸で、1950年代半ばをピークに1960年代まで続いたスタイル1950年代半ばに衰退をはじめたビバップであったが、1955年チャーリー・パーカーの死と共に、その影響下にあった若手演奏家たちが一気に活躍し、表面化したのがきっかけといわれている。
ビバップのように、コード進行に乗せた、あるいは、コード分解によるアドリブといった基本は一緒だが、それよりも、特にソロのアドリブ演奏面で、ホットでハードドライビングしながらも、メロディアスに洗練されたスタイルといわれている。
また、よりフレーズが重要視されるため、メロディーとして成立しない音を音階からはずさざるをえないため、同じコードを使用しても、使えない音が出てくることが多く、ビバップよりも、融通性のないメロディーやフレーズとなりがちであった。
ハード・バップはラテン・ジャズへと発展していく。
 
ハード・バップの代表的なアーティスト イメージ 1
マックス・ローチ (1924-2007)
ジョン・ルイス (1920-2001)
リー・モーガン (1938-1972)
 トシコ・アキヨシ(穐吉敏子、秋吉敏子)(1929-)
                             Personnel: Sonny Rollins (tenor saxophone);
                                                    Tommy Flanagan (piano); Doug Watkins (bass);
                                               Max Roach (drums).
今回は、ソニー・ロリンズをご紹介します。
ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins、1930年9月7日 - )は、アメリカ合衆国ジャズサックス奏者。
本名セオドア・ウォルター・ロリンズ(Theodore Walter Rollins)。ハード・バップの代表的奏者であり、ジョン・コルトレーンと並ぶジャズ・サックスの巨人と讃えられる。歌心溢れるアドリブや、聞く者をリラックスさせる演奏は、長年にわたり変わることがなく、それが今も多くのファンに支持されている。
デビュー前
1930年9月7日アメリカ合衆国ニューヨークで生まれた。7歳の頃、ルイ・ジョーダンのレコードを聴いてサックスに興味を持つ。9歳でピアノを、11歳でアルト・サックスを学び、高校時代にテナー・サックスに転向。この頃、ジャッキー・マクリーンケニー・ドリューと一緒にバンドを組んでいた。また、大御所サックス奏者のコールマン・ホーキンスが近所に住んでおり、サインを貰うためにホーキンスの自宅に押しかけたこともあったという。
1950年、マイルス・デイヴィスと出会うマイルスも絶賛するほどだった。
1956年のリーダー・アルバム『サキソフォン・コロッサス』が高く評価され、一躍知名度が上がった。本作の収録曲「セント・トーマス」は、21世紀に至るまで、ロリンズのコンサートで重要なレパートリーとなった。ソニー・ロリンズ、80歳円熟の24度目日本公演が去年だった。
1956年プレスティッジ・レコードから発表したアルバム。発売直後から英米のメディアで絶賛され、ロリンズの名を一躍広めた。現在もロリンズの代表作に挙げられる。
                                                           (by:Wikipedia)
それが、この曲だ!!セント・トーマス
 St. Thomas
Tenor Sax : Sonny Rollins
Piano : Kenny Drew
Bass : Niels-Henning Orsted Pedersen
Drums : Albert "Tootie" Heath
セント・トーマスの由来?ロリンズ本人はニュー・ヨーク出身ですが、彼の母親がヴァージン諸島出身ということで、幼い頃から親しんでいたカリプソに影響されているそうです。ちなみにタイトルの由来はセント・トーマス島。
 
こちらは2010年・・なんと80歳(現役)の演奏だ!!・http://www.youtube.com/watch?v=NA5SAa5ugGQ&feature=related
 
次回は、最終回(シリーズは毎回続きます)として・・
 
クール・ジャズ  とは、ビバップの反動として1940年後半に生まれた、白人寄りの傾向をもつジャズのジャンル。理知的でコントロールされて聞こえる一方、ビバップにある躍動感や情緒感は欠ける傾向にある。
スウィング・ジャズの反動から出たビバップは、陽気で奔放な演奏主体を持っていた。しかし、音楽的成熟のピークを経た後には、命でもあったアドリブ(即興演奏)も単調になりがちになった。その反動として奏法・展開などに抑制の効いたスタイルを持ち味とする、このジャズが生まれた。クール・ジャズはビバップに比べ、控えめなテクニック表現とリズムで、クールにも聞こえた一方、アンサンブルサウンドやその楽器編成、音楽構成も重要視されていた。
 
ビバップが黒人のためのジャズであるのに対し、クール・ジャズは白人による白人のためのジャズと後に定義づけられることになったが、創始者はマイルス・デイヴィスと言われ、彼のアルバムクールの誕生がその起源とされている。常に進化を望む彼が打ち出したこのスタイルは、彼らが自らを黒人であることさえを否定するかのようにも見え彼の思惑通りか「ジャズは黒人が演奏するもの」という当時の概念を結果として否定することにな ったのである。(ウィキペディアより)
クール・ジャズの代表的なアーティストイメージ 1
                                                                        
 
                                                                      スタン・ゲッツ&アストラッド・ジルベルト・セッション ズ・オン・ヴァーヴ
今日は、リズム感ある曲のスタン・ゲッツをご覧いただきたい。       
(Stan Getz、1927年2月2日 - 1991年6月6日 )は、ジャズのサックス奏者。)
 経歴・・13歳の頃、父に買ってもらったサックスで演奏を始めた。16歳頃からバンドに参加し、スタン・ケントンジミー・ドーシーベニー・グッドマンの各楽団で活躍した。
1961年にアメリカに帰国し、当時注目されていたブラジル音楽のボサノヴァを採り入れたアルバム『ジャズ・サンバ』をチャーリー・バードと共に録音。それによってジャズ界におけるボサノヴァ奏者の第一人者としての評価を得る。1963年にはジョアン・ジルベルトアントニオ・カルロス・ジョビンと共に『ゲッツ/ジルベルト』を録音し、グラミー賞4部門を独占する大ヒットとなる。
 イパネマの娘  The Girl From Ipanema - Astrud Gilbert
 
 satamikoR さんが 2010/12/05 にアップロード
映像は1964年に公開されたアメリカ映画「クレイジー・ジャンボリー / Get Yourself a College Girl」から。アストラッド・ジルベルト(Vo)は本人役で出演した。スタン・ゲッツ(as)も楽しそうに共演。
(Astrud Gilberto and Stan Getz: THE GIRL FROM IPANEMA - 1964 )
アストラッド・ジルベルト BpAstrud Gilberto、ブラポル語読みはアストルーヂ・ジウベルトゥ1940年3月29日 - )は、ブラジル出身の、ボサノヴァジャズポピュラー音楽歌手。
実に乗りのいい曲です
 
☆次回は、ウエストコーストのデイヴ・ブルーベック・カルテットを紹介済でしたのでハード・バップへ
 
☆ 今までは、私がJAZZを聞いた過程と、お気に入りの曲をいくつかご紹介しましたが、テーマとして、これからはモダン・ジャズをの歴史と(前回ちょっと説明したが)また、その中で、いくつかお気に入りのアーティストと曲を紹介しまします。
そもそもジャズは、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ南部の都市を中心に発展した音楽形式だということで、
1917年、ニューオーリンズ出身の白人バンドであるオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドが、ジャズでは初の商業用レコードとなる。
1930年代には、ソロ演奏がそれまで以上に重要視されるようになり、ソロを際だたせる手法の一つとして小編成バンドが規模拡大してビッグ・バンドスタイルによるスウィング・ジャズが確立されるようになり、人気を博す。
1940年代後半には、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピー等が多くの録音を残し、1950年代には、クール・ジャズ、ウエストコースト・ジャズ、ハード・バップ等の新たなスタイルが登場し、モダン・ジャズの流れを作り出すことになる。
前置きが、長くなってしまいました、それでは、モダン・ジャズのジャンル一覧からビバップ(1940年代初期に成立したとされる、ジャズの一形態)マンネリ化したスウィング・ジャズに飽きた、あるいは、本来の即興演奏が好きなジャズメン(ジャズの演奏家)たちが、ライヴハウスや演奏主体の飲食店の閉店後に、ジャム・セッションをしていて、そこから発展し生まれたとされる。
ビ・バップの代表的なアーティスト イメージ 1
 
 
 
 
 
 セロニアス・モンクが中でもお気に入りで、その個性ある弾き方が魅力だ・・
 セロニアス・スフィア・モンク(1917年10月10日 - 1982年2月17日)は、アメリカのジャズ・ピアニストであり、即興演奏における独特のスタイルと、数多くのスタンダード・ナンバーの作曲で知られる。
 THELONIOUS MONK - Blue Monk  代表的なブルーモンクを聞いてみよう。
 
 
 Thelonious Monk (piano)
Charlie Rouse (tenor sax)
Larry Gales (bass)
Ben Riley (drums)

Jacket:Recorded in Europa ca. 1963/1964

動画:1966年4月、ビデオ「オスロのモンク」より
 
 
☆次回は、モダンジャズ(クール・ジャズ)へ・・
 
 
 
 

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