子宮腺筋症

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異常なし! ケータイ投稿記事

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この言葉が当然じゃなくなって、
この言葉をきいたら、「ほっ〜」とする自分になって早、4年。

今日は一年に一度いく、婦人科の卵巣検査にいってきました。
あいのかかりつけ第1号の病院です。
ここで手術をして、傷跡のケロイドがひどかったことで
通院していたおかげで「乳がん検査」を早めに受ける
チャンスに恵まれたわけです。

世の中、なにがどう結びついてころがるか
わからないものよねぇ。

先生は私にまず乳がんのことをききます。
どんな治療をしているのか、先生はだれか。
そして、私が気になることとかを話すと
「僕が手紙を書くから、相談してから治療はしたいんだ」と
いってくれます。協力しあって私の体が悪くならないように
情報を求め合おうとしてくれているのが、すごく伝わってきます。

この先生は私の手術をした医師ではありません。
その後をひきついだ医師で、ケロイドの再手術を求められながら
応じなくて「いやだぁ〜手術すすめるから違う先生がいい!」
とまでさわいだ私です(笑)

まぁ、そんなこんながあって、一年に一度しかいかなくても
ちゃーんと覚えてくれていて、何でも話せる医師のひとりです。

改計の待ち時間、手術時からの知り合いの看護師さんのとこへ
顔をみせにいきました。今回は事前に連絡をしなかったので
びっくりされて、少し立ち話

病院を出るとき、
あの日、この道を歩きながら
「悪性か確認のためにがんセンターへ・ここでは小さすぎて無理・必ず」
そう言われた言葉が頭をめぐり、この病院で治療ができない悲しさに
ウルウルしたことをまた思い出していました。





小さなきっかけをのがさないで、ちゃんと病院で検査してくださいね、みんな!

どれくらいみなさんのとこへお邪魔できるかわかりませんが
今から、がんばります (^ω^*)









【PS***あいは、うとくて気づかなかったのですが、なんとコメントが22222を
超えました!この記念すべき数字をひきあてたのは、《はんちゃん》でした。ありがと!

あいがブログを始めた頃からのブロガーさんは止めたり休業していたりで
減っているのですが、また新しくお友達になってくださった方も大勢いて
そういうみなさんのおかげで、こんなにも多くのコメント数になりました。
本当にありがとうございます。これからも、私らしく歩いていきたいと
思っています。よろしくお願いします。】

異常なし!

一年ぶりに、卵巣の検査のため、通院。
ふたつの病院へ通うのは大変で
ケロイドの薬も今の病院で出してもらうようにしたから、ホントにこっちはひさしぶり。
2月位から、いつもあそこがうるうる湿ったかんじがして気になっていたのもあって
早くすっきりしたかった。
「異常なし。ちゃんとホルモンが分泌されているからで心配ないです。」
ほっとした。今の病院で「膣炎とかだから心配ないよ。いつもの病院でみてもらえばいいよ。」
といわれていたので心配はしていなかったけれど、でも安心した。

去年は、当然の異常なしのつもりでこの病院で初めて受けたマンモだった。
まさか、がんがみつかるなんて思ってもみなかった。
呆然と歩いたこの道・・・

今日は違う。
この病院で手術をしたから、マンモを受ける気にもなれた。
ケロイドで通っていたから、面倒じゃなかった。
もし、みつけてもらえなかったら
今の私はいない。

人間はおかれている立場で与えられるものの重さを違って感じる。
「異常なし」の言葉がこんなにうれしく思えるようになった。
謙虚な気持を大事にしなくちゃ。

手術

詳しい事は覚えていませんが、前日は、お風呂にはいりました。
そして「剃毛」と「浣腸」。「眠剤」といって、眠りやすくする薬もくれます。
なにもかもが初めての経験でしたが、浣腸だけは、いやですね。
点滴のように、上からぶら下げて差し込まれた管から、生ぬるい液体が流れ込んでくるのですが
看護師さんからは「できるだけ我慢。」といわれます。
でも、普段我慢するのとは違って自分の意思とは別の所で我慢の限界が
くるので要注意です。

そして、当日の朝、ストレッチャーは嫌だと言って自分で歩いて
ナースセンターへ・・・そして注射をして手術着に着がえて手術室へ。
病棟のナースが手術室のナースに引継ぐ。《あっ、先生の声だ。》なんだか安心する。
「冷しすぎだろう、この部屋は。これじゃ患者さんが寒いだろう」
《先生、怒ってるよ、あぁテレビでみる手術室のトンボの目みたいな電気って
ふたつもあるんだぁ》なーんとここから記憶にありません。
私もみたことのない私の内臓の一部を主人はその後、みせてもらったのだそうです。
当時は、「腹腔内視鏡による手術」が広がっておらず、縦にお腹を切って直すという
時代でしたので、予後が大変でした。
病室にもどってベットに戻されたときの痛みでが最初の記憶です。
テレビで時々みるバスタオルごと数人の看護師が「せーの!」
のかけごえで移動させるあれです。
弟と敦子(妹もどき)の声が遠くで聞こえる。母が泣いている。主人の声が近くで、した。
鼻には酸素と胃液をぬく管が通っていますし、もちろん、尿道にも管が通っている状態で。
何度か浅い眠りに入っては、波のように押し寄せるずきんずきんという
痛みで目覚めることを繰り返していました。時々、胃液が上がってきて吐き気を感じ、ベルを押すと看護師さんがきてくれて鼻から出ている管に取り付けられている注射器で、胃液を吸い出してくれました。はじめから教えてくれてあるので我慢することなく、看護師さんを呼べます。
でも唇がカラカラ。つきそってくれた母がタオルで唇をぬらしてくれます。
これが最高に気持いい。
「痛かったら言ってね。」と痛み止めも打ちに来てくれますが、3回目には習慣化しないように、「少し、我慢しようね〜。」となるのです。24時間点滴といって、手の甲に、点滴を入れられているのですが、これが、細い血管に入れられているので、これもまた、痛くて辛いです。

入院

「病院生活に慣れる為だけの3日間だから元気な
あなたには退屈でしょう」言われた通りだった。
でも母は楽しそう(`〜´)
その頃の、婦人科は出産する人も不妊治療の人も病気の人も
流産しそうな人もみんなごちゃまぜだった。
ふたり部屋だったけれど、何も話しもせず手術になった気がする。
夜、ぼぉーとひとりながめる名古屋城は私を癒してくれた。

貧血

たかが貧血と侮ってはいけません。
私は侮っていました。ムカムカするあの薬はとうに飲まなくなっていました。
でも、「今の体では手術は無理です」なんと3ヶ月かけて貧血を治してから
手術という事になった。もしも交通事故にでもあっていたら私ってば
手術もできない体だったんだーぞぉ〜
女の体は
毎月、血を捨てているので貧血になって当前なのだそうです。
生理をとめただけであっという間に貧血は治りました。

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