野良猫の遠吠え

何かをしているわけではないが、何もしてないわけではない。

遠吠え。

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「オリンピック」と聞いて思うこと。

今回は北京どうのこうのより(チベットについては次の俺論集で書きます)オリンピック自体について思うことを書いていこう。

管理人はオリンピックなんてどうでもいいと思っている。無くてもいいと思っている。胡散臭いとも思っている。
ただ、世界一を目指している人間には敬意をはらうし、尊敬もする。しかし、彼らがオリンピックで勝ったからといって「世界一」とは認めない。

オリンピックに出場できるチャンスがあるのは地球人口70億弱の人間のなかでどれだけの割合いるのだろうか?10億いるか?大半の人間はオリンピックの存在をしらず、知っていてもスポーツをする金銭的余裕のない人が大半であろう。それで世界一と言われてもねぇ。どうにも納得できませんね。裕福な奴の中で順番決めてるだけじゃん、と思ってしまう。60億分の一、なんてお笑いだ。

そして報道の欺瞞である。

口では「スポーツに国境はない」とか言いながら、報道の仕方は圧倒的に日本人びいきである。外国の選手が金をとってもロクスッポ放送せず、銅や4位以下の日本人ばかりとりあげ、なんども同じハイライトを放送する。

勿論、オリンピックを放送しているどの国も自国の選手を多くとりあげるだろうし、自国の選手を応援する気持ちもあるのだろう。

管理人が気に入らないのは、普段は散々愛国心が駄目とか軍国主義への回帰とか言ってるくせに、オリンピックやワールドカップの時だけテレビも新聞もナショナリズム化している、ということだ。
普段からそうなのならいいですよ。うちら日本人が、日本が大好きなんです、と言っているのならまだわかる。

しかし、普段は国旗や君が代に反対し、日の丸を引き摺り下ろすような学生を擁護するような報道しているじゃないか。
だいたいあんなことしてる教師や生徒はオリンピックの時に日の丸の旗持って応援している大観衆みてどう思ってんだ?こんな報道しているマスコミにどう思ってんだ?
結局どいつもこいつも誰かの真似事をしているにすぎないレベルである。日の丸みるのが嫌なら、君が代歌うのが嫌なら亡命したらいいのである。出て行きゃいい。裕福な日本で好きなだけ飲み食いし、散々先進国の利益を貪っている分際で、文句だけ一人前に言っても虚しい限りであるし見苦しい。少なくとも覚悟のある言論ではないし、よって保護する必要もないとも思う。

最後に朝日新聞は、数年前のオリンピックの時に自分達でナショナリズムをつくっているにもかかわらず、「健全な」ナショナリズムならいい、とか社説で言っていた。
「健全な」って誰が決めるの?お前等か?

散々戦争煽って国家を戦争に扇動した朝日新聞が決めるのか?ちゃんちゃらオカシイ話である。今回のオリンピック中にはなんと書くのだろうか。非常に楽しみである。

朝日新聞は、世界中の人間は同じである、と。地球市民として同じになるべきだ、と考えている。世界中の人間が平板な一種類の人間になるべきだ、と主張するコスモポリタニズムである。左翼とはこういうことをいうんですね。なんだかんだで。

ということは、朝日新聞(だけではないが)は他者性がまるまる欠如しているのである。地球上に他者がいることを認めない。
中国やアメリカと同じですよ。違う文化も認めないし、違う考え方も認めない。朝日新聞は中国もアメリカも批判できない。同じ穴のムジナだ。それに気づかん朝日購読者も中国、アメリカに物言う資格はないだろうな。

「ゆで蛙」の話をご存知であろうか。

蛙を熱湯の中に入れると慌てて飛び出すが、水の入った鍋に入れ、少しずつ温度を上げていくと、蛙は飛び出すことなく気がついたら茹であがってしまう、という話だ。

多くの人はこの話を聞いて「蛙って馬鹿だなぁ〜」と思うわけですね。じゃあ人間はどうなのか?

どこかで誰かが「よからぬことが起こっている」と言っていても、その他大勢の人が呑気に構えていたら「みんな平気そうだしまぁ大丈夫だろう」と呑気に構えてしまうのではないだろうか?
そしてその誰かが「やばいぞ!逃げよう!」と言ってもその他大勢の人が「わけのわからないことを言うな」と言ってれば、やはり呑気に構えているのではなかろうか?
そして熱さに耐えつつ茹でであがってしまう。

例えば環境問題。30年以上前から環境学者は「このままでは大変な環境破壊が起こる。一刻も早く手を打たないといけない」と言っていた。
しかし、理解できなかったり理解したくない奴等が形成する多数派は放置プレイ。いよいよ地球は沸騰寸前である。しかもホトンドの人はそれ程深刻に環境問題を捉えていない。これでは「ゆで蛙」以上の大馬鹿だ。

そして簡単に大衆操作されてしまう。そのため日本の人達は非常に優先順位のつけ方が下手である。軍事より年金のほうが大切、憲法改正より消費税のほうが大切、というのが大衆の意見であろう。一発爆弾落とされないとわからんのだろうな。

マスコミが「消えた年金」とか言う。多くの人は「アホじゃないか?」と思えない。
年金記録が消えたって、消えるわけないですよ。年金が。あの問題は年金記録の一部が不明となっている、ということだ。なくしたのは誰?もちろん国だ。だったら払ったか払ってないかわからない、という人には支払うようにしたらいいんですよ。正面からこの問題を解決したいのなら。
国が記録を紛失した張本人であるにもかかわらず、よくわからん奴には払わない、と言っていることがオカシイ、というだけの問題だ。国が「この人は払っていない」と証明できない限りは支払わないといけない、という制度にすればそれだけで解決だ。難しい言葉で「立証責任の転換」といいます。
マスコミがなんでこの立証責任の転換の話をしないのかがわからない。誰かのサシガネか?そんなこと国民に教えたら財政破綻するから黙っといて〜、みたいな感じで。気づかないゆで蛙たちは年金記録を調べに役所に行くんですね。みんなが調べているから私も行っとこう、と。ゆで蛙の本領発揮だ。
国民が本気で怒れば一発で解決しますよ。年金問題は。税金あがるでしょうけど。それが嫌なら1回御破算にしてチャラにすればいい。ゴメンなさい。これからはちゃんとします、と。他国では結構やってるし。
少なくとも「消えた年金」なんて馬鹿なフレーズは使われなくなるでしょう。「消えた」というフレーズを強調することで、消えたから諦めろ、と刷り込みしているようで気持ちが悪い。気づかん蛙たちはもっと気持ちが悪いが。

確かに人間も一人でいれば蛙ほど馬鹿じゃないのだろう。しかし、群れてしまうと危険を察知する能力が衰え、周りに流され自分というものがなくなる。自分の頭で考えることができない思考停止状態になってしまう。こういったことは戦争にもつながると思う。ナチスドイツやアメリカもそうだった。民主主義?でみんなで戦争向かっていくほうが、独裁国家が戦争にむかっていくことよりよっぽど怖いと思う。
「戦争はないよ〜」と笑っていられる方は立派なゆで蛙だ。早く脱出したほうがいい。

ちなみにゆで蛙の話は寓話である。実験してみると、蛙は熱くなってくると自分から飛び出すようだ。やはり人間は蛙より馬鹿なのかもしれんなぁ。

人間というものは、モノの受けとり方でその後の生き方がかわってくると思う。今日はその話。

管理人には姉がいる。管理人とは正反対の人だろう。最近実感している。その昔、姉との距離を感じたことを紹介しよう。

「だからあなたも生きぬいて」という本がある。大平光代という人が書いた本である。この人は中々波乱万丈な人生を歩んでいるようである。
まず、中学生時代にイジメが原因で割腹自殺を試みるが生き延びる。しかし、その後もクラスメイトとは打ち解けずにグレてしまう。ところがグレるどころがヤクザの組長の嫁となりモンモンを入れる。
しかし、その後組長と離婚し、キャバクラ?だかクラブだかで働くことになる。しかし、そろそろ人生本気でやり直さないといけないのではないか?と一念発起し、資格取得に向けて動き出す。
その結果、宅建、司法書士を取得する。ここだけでも十分頑張ったとは思うのだが、周囲の進めで司法試験に挑戦する。彼女は中卒なので、司法試験を受けるためには難関である一次試験に合格するか、大学で所定の単位を取得しないといけない。そこで彼女は通信大学で単位を取得し、司法試験に一発合格する。ちなみにこの頃の司法試験は合格者が今より圧倒的に少なかったので、よっぽど優秀な成績だったのだと思う。
ここまでの話がこの本に書かれている。まぁ他にも実の親との軋轢と和解、そして別れ。養父の励ましやその絆等などが書かれているのだが。

この本は、司法試験の挑戦を考えていた時に友人に薦められて読んだのである。まぁ管理人は司法試験の短答で一点差で撃沈するハメとなるのだが(~_~;)
この本を読んだ感想としては、人間やればなんとかなるもんだなぁ〜、というものだった。確かにある程度環境に恵まれていないと何も成し遂げることはできないであろう。
ただ、環境に恵まれていても何もしない奴等バカリであり、目標に向けて頑張る姿を綴った本に存在価値は見出せる。

そして、この本はベストセラーとなりテレビ等でも紹介された。そこで姉が「貸してくれ」と言ってきたので貸してやった。

彼女の感想は「この人頭よかったんやな」というものだった。

同じ本を読んでも、人間やればなんとかなるんだな、と思うか、こいつ頭いいからなぁ、と思うのではその後の人生は変わるであろう。どんな優れている表現物があったって、それを自分にどう活かし、どう血肉としていくかは受け手にかかっている。
頭のデキ?が同じ程度である人間が二人いたとする。例え頭のデキが同じであっても上記のように考え方が分かれれば、数年後には学力に差がでているであろうし、伸び悩んでいるほうは「あいつは頭がいいっからなぁ」ですましているのだろう。原因は自分自身が生み出しているにもかかわらず。

ここで有名な話を紹介しよう。

ある時、煉瓦を積み上げている3人の職人がいた。通りがかりの人が「何をしているのか?」と尋ねた。
一人は言った。
「見ればわかるだろう。煉瓦を積み上げているんだ」
もう一人は言った。
「給料を貰うために壁を作っているんだよ。壁を」
最後の一人は誇らしげに言った。
「神を讃えて、ノートルダム大聖堂を作っているんだ!!!」

最後の一人はどんどんステップアップし大物となったであろう。同じことをしていても、意識の差で大きな差が開くのではなかろうか。

失敗は成功の素

今日、「L」を見てきました。最近テレビでやっていたデスノートを見たばかりだったのですんなり見れましたね。中々興味深い映画でした。

この映画はデスノートとは一線を画しているなぁ、というのが第一印象であった。どこか「冷たさ」を感じた。もっとポワワンとしているのかなぁと思っていたのですが。

ストーリーとしては、自らデスノートに名前をかいたおかげで23日後に死ぬことが決定しているLの話であり、20日前後の話のわりには大したスケールで描かれていた。さすが伝説の名探偵だ。

この映画でLと対決するのは、人類滅亡を目論む人達だった。何故人類滅亡を目指すのかというと、生態系の破壊である。人が増えすぎたために生態系が壊れてしまった。地球を救うには人類滅亡しかない!ということで強烈なウィルスを開発し、それを撒き散らすことで人類滅亡させようと頑張っていた。
21世紀につくられた映画のわりには、やろうとしていることがショッカーとかわらんなぁ、と思ったのは管理人だけだろうか?

以前からこのブログを読んでいただいている方は気づいたと思うが、この人達の考えは管理人の考え方と非常に近い。こっそり応援していたのだが。

しかし、名探偵L達がこのウィルスのワクチンを開発し、人類滅亡は防げたのである。凄い奴だねぇ。Lは。管理人がLだったら絶対バカンスにでも行ってますよ。「俺死んじゃうから知らねーし」てなもんでアッサリと余生を楽しんでいたことだろう。やはり売れる映画にはならんなぁ。

最終的に人類滅亡を目論む人達もこのウィルスに犯されてしまうのだが、Lはこいつらまで助けてしまう。優しい奴だ。管理人はこの時に「やっぱり人間ってこんなもんなのかなぁ〜」と思った。普通の人間は人間大好きなんですよ。なんだかんだ言っても。
大勢で殺し合いしてたって、自分以外の全員死んで欲しいわけではない。殺しあう理由はいろんな理由があろうが、最終的には愛する人と暮らしていたいし、気の合う人間と趣味でもして生きていきたいわけですよ。

「L」の最後のほうのシーンではそんな状況ではなかったが、観ている多くの人間が「人が好き」という前提でないとああゆうシーンはつくれない。Lが「人間はやり直すことができる生き物だ」と犯人に説いたり、幼い子供が自分の親を殺した人間に復讐できる状況になったにもかかわらず、宿敵を許してしまったり。
管理人が脚本書いてたら子供に復讐させますよ。ズッタズタにやらせます。でもそんな映画じゃ売れないというのがみんなわかってる。なんだかんだでみんな人間が好きだから。途中何があっても最終的には納まる所に納まるように出来ている。だからそうゆう「作品」ばかりになってしまい、多くの人も納まる所に納まるようになっていってしまっている。まぁ「社会」というものを進めていくためにはそれがいいんでしょうけどね。管理人みたいな奴等ばかりになったら「社会」なんて上手くまわらないし。しかし、自覚がない、というのはどうかと思いますよ。

それにしても、犯行グループのリーダー格の女性は素晴らしかった。犯行グループの連中も、なんだかんだ言っても自分達は助かりたい、という意思があったのだが、リーダー格の女性は、この仲間達をも騙して自分達もろとも人類滅亡を達成しようとする。

筋金入りの人である。大抵こうゆうグループは下っ端に命をはらせるが、リーダーはセコく生き延びようとするものである。オウム真理教の麻原なんぞその極みであろう。是非とも逮捕の瞬間の彼の姿をみたかった。どんな姿で隠れていたのかを実写でね。

このリーダー格の女性の思想は管理人と相当ダブル。親近感を感じたなぁ。しかしLは「人間はやり直すことができる」と言って、彼女の計画を防いでいた。こうゆう描き方をすると管理人の論理やリーダー格の女性は完全に悪者でありヒールである。きっとこの映画を観た人のホトンドの方が、犯行グループの言っていたことなんて100%間違ってる、という受け取り方しかしないであろう。そしてアッサリ忘れていくのである。

こんな人達はやり直せないと思う。だいたい「やり直す」ということは今まで間違っていた、ということだ。今までの「人間の行い」は間違っていたんですよ。それは劇中でも認めていたと思う。Lでさえ犯行グループの論理自体を頭から否定していなかったと管理人は思う。さすが優秀な人だ。

そこをな〜んも気にせずこれからも生きていく人達にやり直す機会なんぞ与えなくてもいいだろう。そもそも「やり直す」という自覚がないのだから。

幼稚園と市民革命

マスコミの一方的な物言いが気に入らない。放送法では「多角的な」報道姿勢というものを求めている。しかし、今の日本のマスコミは物事の一面しか報道しない。よってそれを見ている国民も物事のある一面のみしか見れない。見ようとしない。それは管理人もそうである。アホな報道のせいで偏った情報摂取しかできていない。そんな自分自身に対する反省も含めつつ、今日は日本の報道を少し考えていこう。

今の国会は「ネジレ国会」と言われて久しい。マスコミの言うことを聞いていると、どうやらネジレ国会というのはよくないことらしい。とてもじゃないが正常な状態ではないらしい。どうしたものか、どうしたものかとマスコミも国会議員も言っている。
こうゆう報道を聞いている国民の方々も「ネジレ国会」というものにいい印象をもっていない方が大多数であろう。

さてさて、ネジレ国会というものはどうゆうものなのか?ホントにいけないことなのだろうか?俺はこう考えるけどみんなはこう言ってるんだなぁ、と考えている方は非常に少ないだろう。自分の考えと照らし合わせる作業をする方は非常に少ない。
マスコミが言っていたら正しい、なんか「偉そう」な肩書きをもっている人が言っていたら正しい、等と考えている方が多いだろうし、そもそも政治に興味を持たない方々がホトンドである。

少し話が脱線するが、先日ある友人と話していると、彼も政治に興味を持っていなかった。当然選挙も行かない。しかし、政治家達は気に入らない。自分の生活にも満足してない。天下りする官僚どもを許すわけでもない。
要するに自分が何しても変わらんから何にもしないけど、今の政治等には文句があるんだね。一般的な日本人である。
これもマスコミや教育のせいであると思う。自分達が政治を変える力があることを、その尊とさを教えてないし、伝えられていない。だから考えないし、何も変わらない。だから甘い汁を吸う奴は延命し、そいつ等が学校教育やマスコミを通じて国民を馬鹿にしているのである。

フランスの幼稚園では、よく市民革命の劇を子供にやらせるらしい。人権獲得の歴史を幼児の間から意識させられる。日本の幼稚園がしょうもない演劇やらせているのとは根本的に違う。日本でそのような劇をやらせると保護者が黙っていない。自分の子供が悪者になろうものなら劇の中止を要求するだろう。
小学校に上がっても、大きくなったらみんなで選挙に行きましょう。選挙に行かない人間は大人じゃありません、なんて教えない。自民党が困るからですよ。そんなこと絶対自民党が許しません。
そして、管理人は子供の頃から「人の保証人になってはいけません」としっかり教えるべきだとも思う。それも絶対教えない。そのせいで人生を棒にふってしまう人間がいても構わない。保証人になってくれる人がいなくなったら日本経済は破綻しますよ。だからこんな教育も与党がさせません。絶対に。

相当ズレてしまったが、こういった教育のおかげで従順な大人が非常に多い。選挙も行かずに文句たれているだけで、国が何しても怒らない。グチグチ文句言うだけで、行動を起こす人は極少数。
何も変わらないから、と選挙に行かないのは個人の勝手である。ただ、選挙権を放棄した、ということは政治に関して文句を言う資格も放棄している。何されても文句は言えない。何もしない、ということは全てを受け入れた、ということだ。
何にも変わらん、という人もいるが、去年の参議院選で自民が勝っていたとしたら、今の世の中とは違っていたはずだ。安部さんは辞めていなかったかもしれんし、福田さんは一生総理になれなかったかもしれん。小沢さんは議員辞職してたかもしれんし、給油は継続されていて、ここまで国会運営は拗れなかっただろう。

なんで拗れてしまったかと言うと、ネジレてしまったからである。なんでネジレてしまったかというと、国会が衆議院と参議院に分かれてしまっているからですね。

じゃあなんで分かれているのか?一院制では駄目だったのか?

憲法は国会が暴走したら国民に与える影響が大きい、と考えた。クダラン法律つくられたら国民の利益が害される。裁判所に願いでても、国民が救済されるまで何年もかかってしまう、ということで、国会の権力を二つに分けて、お互いがお互いを監視する制度をつくった。それが参議院と衆議院だ。衆議院が暴走したらそれを参議院が止めるようにしようぜ、と。

衆議院選で自民が圧勝し、さすがに国民も勝たせすぎたなぁ、自民が暴走したら危険だなぁ、と思ったわけです。だから参議院選では民主党を勝たせた。いわゆる「民意」ですね。
そして今の国会は、衆議院で勝ちすぎた自民党を、直近の民意によって選択された民主党が歯止めをかけているんですね。これがネジレ国会です。マスコミに言わせると、衆議院と参議院の意見が対立するからいけないことらしい。

しかし、上記のような趣旨で参議院がつくられているのだから、本来ネジレていいんですよ。憲法の理念からすれば。いつも参議院が衆議院と同じ意見しか持たないのなら二院制にする意味ないですよね?だったら一院制でいいはずだ。国会議員が減ることによって税金の無駄遣いも少なくなる。

しかし、憲法はワザワザ二院制を採用し「いろんな意見をブツケあおうぜ!」と言っている。「暴走する与党を野党が止めようぜ」と。

マスコミの報道だけをみていると、上記のようなことは思いつかない。多角的なモノの見方ができないんですよ。今の報道では。

今の日本は国会議員も官僚もマスコミも国民も全部駄目なんですよ。それを変えていけるのは国民しかいない。マスコミを監視し、マスコミを変えなきゃだめだ。誰が政治家や官僚になっても同じなんだからこそ監視の目をキツクしないと駄目である。
見つかるし、見つかったら損だし、という思いが小童役人どもにないから不正をするのである。
日本がいい方向にいくためには、他でもなく国民が賢くならなければいけない。今の日本が駄目だ、というなら管理人も含めた国民全員に責任があり、国民全員が駄目なのである。

これからの日本がどうなろうとも、それが日本国民の「意思」なのなら管理人は文句ない。恥ずかしながら管理人も日本人の一人だ。
しかし、国民の「意思」が反映されているとはとてもじゃないが思えないし、そもそも「意思」がないことに腹が立つのである。


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