野良猫の遠吠え

何かをしているわけではないが、何もしてないわけではない。

遠吠え。

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世の中不景気らしい。


まぁ管理人も「これから不景気になる」とは思いますね。ただ、言葉の難しさというかなんと言うか、あくまでも「今よりは悪くなっていく」という意味であって、今現在が不景気だとは思わない。


なんかよくわかんないですねぇ。なにをもって好景気なんでしょうか?みんなのモノサシがよくわからん。


不景気不景気っていつも言ってますよね。もはや時候のごあいさつかのような感じである。いくら不景気と言ったって、飢え死にしている奴もそれほどおらんし、娘が売り飛ばされたなんて話もきかない。まぁ騙されて風呂屋に沈められる奴もいるが、それは不景気なせいではなく本人が馬鹿なのだ。


だいたい、全ての生物、そして今までの歴史上三度三度の飯が食えない奴が圧倒的多数である。大変素晴らしいこの時代、この国で生きているから今の有りがたみがわからんのだろうか。


管理人は思う。今って好景気ですよ。ずっと思っていた。ただ、そんな好景気が続くわけもないのでこれからだんだん不景気になる。


今の日本人は、身の丈にあった生活をしていない。自分達の能力以上の生活をしている。そんな生活している時点で馬鹿であり、それに気づいていないのだから頭が不自由なわけである。


例えば、ある人が年収200万にもかかわらず、年収400万の生活していたらどうでしょう?足りない分は借金だ。


きっと多くの人が「馬鹿だなぁ」と思うのではないでしょうか。身の丈にあった生活しろよ、と。無計画極まりない生き方だ、と思うでしょう。


そうなんですよ。馬鹿なんです。こんな暮らしをしている奴は。例えばアメリカ人なんかクレジットカード作りまくって日々生きているわけですね。この点とても馬鹿です。自分の身の丈を超えた生活してるんだから。


でも馬鹿だけど気づいている。このまま行ったらヤバイのが。だから日本人よりも投資に積極的なのかもしれませんね。そのうち一発当てて一気に返済したるがな、と。この点も馬鹿です。


じゃあ日本はどうなんでしょうねぇ。確かに個人レベルでみれば、アメリカ人よりも計画的に生きているのかもしれない。


じゃあ国家レベルならどうですか?


だいたい、毎年一般会計予算は80兆を超えたくらいか。今年は88.5兆くらい。これくらいは毎年必要なわけだ。じゃあ収入はどうかというと全然足りない。毎年30兆以上国債を発行している。


これって個人レベルでみたら上記の馬鹿でしょ?年収200万そこそこなのに、年収400万の生活しているんですよ。国民みんなで。


今の日本人のレベルでは、歳出50兆行かないくらいの行政サービスしか受けられない。にもかかわらず、そんな生活はもはや我慢できないから、次の世代に借金押し付けまくって今の生活維持してるんですよ。


だから今は好景気なんです。だって借金しながら浪費できるんだから。自分達の身の丈を超えた生活をさせてもらっているんだから。いい生活させてもらっているじゃないですか。


アメリカ人はヤバイことに薄々気づいているが、日本人は身の丈を超えた生活をさせてもらっていることに気づいていない。世界で一番馬鹿なのはこの国の人達なのかもしれませんね。

好きだとか嫌いだとか

むかつきますねぇ。ここ最近。


なんでなのかなぁ、と考えてみると、要するに面白くない。何を見ても何をきいても面白くないですねぇ。


世の中の表現者は一体何をしているのか。もっと管理人を楽しませてくれ。楽しませなくてもいいから何かを感じさせてくれ。


例えば歌とかありますよねぇ。それにしてもくだらん歌ばっかりだ。真正のくだらなさに我慢ならない。


まぁ歌でも本でも言論でもなんでもそうなのだが、最近圧倒的に欠けているものは「覚悟」である。


そもそも表現というものは、100人いたら100人が満足するものではない。こんなことは当たり前。そんなことも考えたことのない表現者は死ねばいい。


共感してくれる人もいれば、してくれない人もいる。共感してくれる人が多ければ商売として成り立つ。商売として成り立たないのなら、成り立たせるために自分達を変えていくのか、それとも変えずになんとかやっていくのか、はたまた辞めてしまうのか。


まぁそのモノの評価、というのは数だけではないと思う。CDが100万枚売れたからなんだというのか。確かにソレも一つの判断基準でしょう。しかし、全然売れなくても、その歌のおかげで私の人生は楽しかったわ、と言ってくれる人が100人おったらそれは大成功でしょうねぇ。1000円やそこらのCDが100万枚売れても、みんなが1年後に忘れているような歌よりは存在意義を感じますネェ。表現とはそんなもんじゃないかしら。


何が言いたいか、というと、大多数の人にソッポを向かれたり、批判されたりすることを覚悟しとかんかい、ということだ。99人に批判されても、1人に理解してもらえればそれも芸術だろう。そ〜ゆう厳しさを感じる作品に最近触れていない。


最近の歌なんかきいてても、な〜んにも感じない。覚悟のない歌ばっか。みんなそんなに批判されることが嫌なんだろうか。よい子になりたいのかどうか知らんが、良いとも悪いとも思わん無味無臭のモノばっか。わざとそうしてるんでしょうねぇ。よって管理人は好きでも嫌いでもない。あえて言うならば時間の無駄。


批判されても俺はこ〜思う、とか、批判されてもコレが俺達の音楽だ、とかないんですかねぇ。いいじゃん。批判されても。お前等なんかターゲットにしとらんよ、とか、コレがわからん奴は置いていくよ、とかないんでしょうか。ピカソだって、100人全員に理解してもらおう、と絵を描いていたわけではないでしょう。きっと。でも、今は100人が理解している「フリ」をしているんですね。ピカソにとっては誠に遺憾でしょうなぁ。お前等にわかるような絵描いとらんわ、と。誰も本当の良さはわかってねぇ〜よ、と。俺の絵は金持ちが酒飲みながら見るような絵じゃねぇ〜んだ、とかねぇ。





大事なことは、批判できない部分もある、ということじゃなかろうか。であれば納得してくれる人が出てくるだろう。


例えばまぁ管理人なんかは「エコだエコだと言うのなら、人間なんか死んだらいい」と思うわけですよ。総論として「人間なんか死んだらいい」ということが納得できない人でも、各論をみていくと否定できないところがあるんじゃないでしょうか。


例えば人間のおかげで絶滅した動物種はどれくらいいるのだろうか。人口爆発が起こっているが、増えすぎたらどうするんだろうか。やっぱり適正な量ってあるんじゃないですかねぇ。それを超えたらどうするんでしょうか。そうならないように「考える」ことが出来るのが人間だ、等と言う人もいるんでしょうが、今現在でももう止められないんですよ。アフリカや中国の人口爆発をどうやったら止めることができるのだろうか。自分達だけは良い生活していて、これから発展していく人達に「お前等だけは子供つくんな、発展すんな」ということが生き物として正しいことなのか。



だいたい、世間のレベルが低くなっているのだから、売れる、ということはその人達のレベルまで落としてあげた、ということだ。間違いなくそ〜いった感性が低下してますね。間違いないです。それはテレビやマスコミのせい、ということもあるでしょうし、元々低かった、というのもあるでしょう。ただ、ますます低下してますね。物事の感じ取り方が。


例えば、動物園とか行きますよね。管理人はあんまり行きませんけど。


そこにライオンいるとするじゃないですか。たいていいると思いますけど。それ見て「ライオンって迫力あるなぁ」とか言ってるんですよ。たいていの人は。


子供だったらわかりますけど、だいの大人が言ってたら「アホちゃうか」と思うわけですね。アレは飼われているライオンなんですよ。本物のライオンじゃない。動物園の動物みんなそうなんですが、ソレを見て何を思うかは勝手なんですが、そこだけじゃわからないことって一杯あるはずなんですね。動物園ってそれだけのもんなんですよ。それだけのもんでも、見に行くなら見にいけばいいし、存続させる意味があるなら存続させればいいじゃん、とは思いますが。


本当のライオンの迫力であったり、本当のライオンの身体の締まりであったり。そ〜ゆうところに思いを馳せることができる人ってどれだけいるんでしょうねぇ。こ〜ゆう感性がある人ってホトンドいないんじゃないですかねぇ。人間的に欠落しているところがある、ということなんでしょう。


目に見えるものとか、耳できいたことだけじゃないでしょ。でも、目に見えるものとか、耳にきこえることだけでしか判断しない奴が大勢なんですね。そんな奴等にあっさ〜く評価されることがそんなに嬉しいんですかねぇ。いいじゃん。見えてない奴、きこえてない奴、しかもそのことに気づいていない奴に批判されても。


そ〜ゆう覚悟、というか、王様どころかあんたらも裸やで、と言うような表現って今どれほどあるんでしょうか。媚びた表現ばっかりですね。そんな奴等は表現者というよりサラリーマンにピッタリだ。大勢と同じレベルなんだから、大勢の人間が出来ることしか出来んだろう。だったら辞めちまえ、と思うわけですね。身のほどをわきまえることは重要である。それができないのなら、それは「表現」に対する冒涜だろう。

久しぶりの更新だ。そろそろ本格的に忙しくなるため中々更新できんなぁ。


ここ最近は雨が凄いですねぇ。各地でジャンジャン降りだ。


どこの被災地だったか忘れたが、集中豪雨のおかげでライフラインが絶たれ、水道が出なくなって水の配給うけてましたねぇ。


なんか不思議な光景でしたなぁ。死ぬほど雨降ってんのに水不足のような日々なんですからねぇ。


ここ数日は報道が沈静化しているのかもしれないが、山口の老人ホームを土石流が直撃し、けっこう沢山の方がなくなった。


確かあの地域は、あ〜ゆうことが起こりうる危険な地域だということになっていた。なんでもそんな地域が数百あるから、ということで、行政は特に対策をとっていなかった。沢山あるから無理だったんですって。住民はそんな地域に指定されていることも知らなかった。知ってたら早々に避難したかもしれませんなぁ。


そして、当日も確か昼すぎくらいに災害が発生していたと思うのだが、避難してよね、というお知らせがあったのは夕方だった。


ハッキリ言わせてもらうが、この老人ホームで人が死んだことは人災である。公務員の責任だ。


ニュースで役場の人間は、非常に淡々と喋ってましたねぇ。アイツ等は人殺しだ。


管理人は日頃から公務員を軽蔑して生きている。トップから下っ端まで人間のクズばっかりだ。


こ〜ゆうことを言うと「ちゃんと頑張っている人もいる」というお人よしの馬鹿がいる。


確かにそ〜ゆう一面もあるのかもしれない。しかし、けっきょく「赤信号みんなでわたれば恐くない」で動いているのが全公務員だ。


給料とかにいろんなしょ〜もない「手当て」がついている。国民が知ったら「それはオカシイだろう」という「手当て」が公務員の給料には沢山ある。本当に沢山ある。


それを返上している人いますか?


「これは貰うのオカシイですよ」と返上している奴がいるのだろうか。そんな奴は絶対出世できないだろう。みんなほくそ笑みつつ貰ってるんでしょ。だったら頑張って仕事してるから、なんて言い訳できんでしょ。そもそも仕事を頑張ってするのは「偉い」のではなく「当たり前」なんですよ。


上記の老人ホームの件だって、あんだけ危なっかしい場所が散在していて、温暖化のせいか近年集中豪雨が各地で起こっているのなら、いつかは起こったことである。ホッタラカシにしているのなら。


でもみんなホットイタんでしょ。役場の人間は。危険な地域に住んでいる住民自体がそんなこと知らなかったんですから。上の人間に言って動いてくれないのなら、かけあっている時の会話を録音しといてマスコミに垂れ込んでやればよかったんだ。でもみんなしないでしょ。


事件直後はマスコミがドンドン駆けつけただろう。アイツ等は自分達の責任を絶対認めない。個人が認めれば、後に国家賠償請求訴訟になった時に不利なのだから。だからみんな黙る。たとえ自分達に非があっても認めない。そんな奴等が日々仕事を頑張っていたとしても管理人は一人前の大人だと認めない。


誤解を恐れずに言えば、公務員の仕事は「何もしないこと」だ。まともな神経していれば、そんな中に入っても直ぐに辞めるだろう。公務員を続けられる時点で脳粗鬆症だと認定してあげたい。


なにも下っ端だけがクズじゃない。日本という国家を牛耳る官僚や、自衛隊や警察だっていざとなったら国民を見捨てて「何もしない」。これは知っといて損はないですよ。


その昔、たしか1999年頃に住友系の子会社であるJCOが臨界事故を起こしたときのこと。この事件は案外日本の現状や社会の力関係などを圧縮しているものだと思う。


確か事故が起こったのは午前10前後。当時の官房長官である野中さんが「大したことおまへんで」と言ったのが午後の4時。しかし、このとき野中さんは知らなかったのだろうが、攪拌容器のなかのウランがどんどん核分裂を起こして、そこらじゅうに中性子線をばらまいていたわけですね。


その後午後8時頃に政府がようやく事の重大さに気づき、2回目に野中さんが会見したときには「事態は深刻です」と大変そうな顔して喋っていた。


その時の攪拌容器のなかにあったウランは広島原爆よりも多かったそうだ。あのまま核分裂を放置すると、原爆みたいに一気に爆発することはないが、辺り一面に死の灰がブチまかれる可能性があった。まぁ茨城一面全滅だったでしょうなぁ。案外日本の危機だったわけです。あんまり知られてないですけども。


政府は在日米軍に放射線対策のノウハウを教えてほしいと泣きつきましたが、そんなもんしらんわ、とツンデレを喰らわされてしまう。イザとなったらアメリカなんか頼りにならん。


その時に我等が公務員の皆様は何をしてくれたのでしょうか。


やっぱりこ〜ゆう時には自衛隊でしょうか。しかし、自衛隊は中性子線をを防ぐ防護服がないから、危なっかしくて現場に入れんよ、と動いてくれない。


そりゃそうだ。アイツ等はアホだが、日頃から核戦争が起きたときのために研究や訓練をしているので、中性子線は防ぎようがないことを知っていた。


自衛隊が入れないのに警察や消防が動かないのは当たり前。誰も「私達がやります」とは言わなかった。こんなもんですよ。公務員の心意気ここにありですね。


そこでど〜なったと思います?戦後有数の国家危機にいったい誰がど〜したんでしょうか。


実際のところ、JCOの「末端労働者」が決死隊をつくり、現場に飛び込むことになった。特攻隊みたいなもんですね。


一人の若い労働者が「やります」と発言するや、現場の労働者が何名か名乗りをあげ、被爆覚悟で攪拌容器の中の水を抜き、臨界状態をストップさせました。


本来公僕である公務員が傍観し、末端労働者に仕事を押し付けるのがこの国の現状だ。その時に名乗りをあげられる公務員がいたんでしょうか。しがらみ全部吹っ切って名乗りをあげられる公務員がいたのでしょうか。


管理人はいなかったと思いますね。普段は「国民のために」なんて言っていても、結局こんなもんである。だったら国民の税金で生活してほしくない。それは泥棒だ。


そしてこのとき行政が何をしていたか。傍観していただけではないですよ。彼等の仕事を最後に紹介しよう。


この事故が臨界事故だとわかった段階で、JCOから半径350メートル以内に避難命令を出し、立ち入り禁止区域に指定した。


しかし、それ以外の地域に関しては、半径10キロ以内に「被爆の可能性があるからあんまり外に出ないでね」とお達しがあったわけである。


「行政の優しい一面だわ」なんて思うのでしょうか。しかしコレは住民のパニックを起こさないためのお達しだった。本当なら半径10キロ以内から脱出してください、と言わなければならない。だって死の灰がブチマケられる可能性があったのだから。


そんな本当のこと言ったらパニックになるのは想像できますね。道路には人が溢れ、事故などもあったかもしれない。


しかし、もし大爆発が起こって死の灰が降り注いだら、何万人という人間が家にいたまま被爆した。国家は茨城県民を見捨ててでも治安維持を優先したんですね。コレがいい判断だったのか、悪い判断だったのかということは人それぞれの判断だろうが、国家という公務員の方々がこのような判断をした、ということは知っておいたほうがいいだろう。


つくづく、何もしないことが彼等の仕事なのである。とりあえず全員1回死んでほしい。代わりはいくらでもいるし誰でもできる。1回ここらでやり直そう。

ふつうの方はどうだか知らないが、管理人は小さい頃から考えていたことが未だに腑に落ちない、ということがけっこうある。


男の子の小さい頃ってたいがいヒーローものとか好きになるじゃないですか。でもねぇ、管理人はあんまし好きになれなかったんですね。


例えば仮面ライダーがショッカーを殴り倒す正当性が見出せなかった。


あ〜ゆうのって、たいがい人類滅亡を狙ってやってるんですよ。悪者は。それを阻止するのが正義の味方なんですね。


小さい頃はそこまで深く考えてなかったが、ショッカー達にはショッカー達の考えがあるんじゃねぇの?とは思ってましたねぇ。それを問答無用で殴り殺すんですね。正義の味方は。


昔からこのブログで何度も書いているが、管理人は地球上に人間が増えすぎている、と思っている。地球の温暖化とか言いますが、人類が増えるだけで温暖化しますよ。そりゃ。じゃあどこまで増えていいのか。増えすぎたらどうするのか。そんなことは議論されないんですね。そして「出来るところからエコ」なんて言ってるんですね。これを偽善と言わずになんというんでしょうか。


仮にショッカーの親玉が管理人と同じような思考だったとする。人類増えすぎたら地球が滅亡するじゃないか、と。人間は地球を創れない。滅亡すればそれまでだ。しかもタイムリミットは迫っている。話し合ってもど〜なるもんじゃない。地球は人間だけのものではないはずだ。だいたい人間だけだと生きられないし。早急に人口を減らさないと。


これって一面から見たら正義って言えるんじゃないですかねぇ。ここなんですね。小さい頃からひっかかっていたのは。正義って必ずしも一方的なものじゃないでしょ。相手にも相手なりの正義ってあり得ますからねぇ。正義と正義がぶつかって、そこで折り合いをつけるもんだと思うんですよ。それを折り合いつけずに殺すのが正義だとは未だに思えない。


例えばウルトラマンとかありますよね。まぁ怪獣が地球にやってくるんですよ。あんまし覚えてないので空想の話だが、怪獣サイドから考えてみると、自分の星の資源がなくなったから地球にやってきた。これも正義でしょ。むこうからしたら。


だって地球に資源がなくなって、NASAが他の星行って資源が見つかったと。そこに弱小地球外生物がいたとして、そこから資源ぶんどってきたおかげで人類が救われたらそれは正義なんですよ。きっと。ふつうの人達からすれば。管理人は正義とは言えないと思いますけども。


こんなことを昔から思っていたので、正義の味方って胡散臭いもんだと思ってました。受け入れられなかったですねぇ。


しかし、今にして思い返してみると、仮にこの正義の味方が現代社会いたとしたらど〜するんだろうなぁとは思います。自らの正義感と現代社会との折り合いとかをつけていく姿を映画なんかにしてくれれば管理人なら観ますねぇ。



例えば、少し前に派遣ギリがマスコミなんかでもうるさく言われていた。しかし、一番キツイのは下請けギリだ。派遣は切られるからこそ派遣であり、切られたって次の仕事を探すことはできる。しかし、下請けは逃げられない。上にさんざん無理難題を押し付けられ、それに答えていても挙句の果てには捨てられる。身体一つの派遣ギリとは違い、設備投資はどうなるのか?従業員はどうなるのか?


そんなことを考えれば、派遣ギリより下請けギリや下請けイビリをなくさないといけない。元請の社員が看板という虎の威を借りて下請けに好き放題言っていることは、管理人の正義感からすれば許せない。


じゃあどうするか。元請を強迫するか?だとしたら捕まるだろう。「正義の味方なんですけど!」と言っても許してもらえない。仮につかまらなくても、元請に難題を押し付けた結果倒産し、結局多くの人を困らせてしまうかもしれない。


そうすりゃ元請の社員と話し合い、妥協点をみつけるか?だとすれば正義の味方は元請社員に頭を下げまくっているだろう。ひょっとしたら接待しているかもしれない。正義と正義の折り合いをつけることが正義の味方なのだ、と自分の中でも折り合いをつけなければいけない。なんとも辛いぜ正義の味方。


どうやら子供の頃にテレビに出ていたヒーロー達は正義の味方ではないらしい。少なくとも管理人の基準からすれば。こちら側にも守りたいものがあり、あちら側にも守りたいものがある。そこで折り合いをつけるのが正義なんじゃないかしら。暴力でゴリ押すのは正義じゃない。


こちらの正義とあちらの正義がぶつかり合い矛盾が生じる。その狭間で日々頑張っている人は正義の味方なのかもしれない。ギリギリのところで折り合いをつけるのはけして格好いい話ではない。子供からみたら格好悪いことだろう。管理人からしてみても、未だにそれが正義なのかどうかもわからん。しかし、そ〜ゆう人達はもうちょっと自分を誇っていいと思う。

エゴポイント

友人が入院することになったので、軽くお見舞いに行ってきた。


世間体をアマリ気にしない管理人でも、お見舞いにいくのに手ぶらはなぁ、ということで、何を持っていくかを以前から考えていた。


定番は食べ物なんだろうが、管理人の選択肢に食べ物はなかった。


何食っても不味いんですよ。少なくとも本来の味より美味く感じることが出来ない。それが病院の不思議なところ。


そんでもって時間を潰せるものがいいのでは、ということでマンガを大量に渡そう、という結論に至る。


チョイスしたマンガは「アゴなしゲンと俺物語」。現在30巻くらいまで出ているが、管理人は29巻までしか持っていない。まぁあのマンガを読破しようとおもったらそれなりに時間がいる。


そして内容だが、入院していることを忘れるほどのバカバカしい内容である。完全にエロとグロなので、少年少女に見せるのはどうかと思うが、相手は酸いも甘いも噛み分けた大人だ。内容もこれで問題なかろう。


そんでもって出かける準備にとりかかった。まず財布は持たないといけない。そんでもって携帯も。そうそうマンガも忘れずに。


ここで思い出した。株主配当が家に届いていたのだ。これは郵便局に持っていかないと金にかえてもらえない。病院へはバスで行こうと思ったが、そのバス停の近くに郵便局がある。丁度いいので郵便局に行っておこう。期間を過ぎれば金にかえてもらえなくなるし。


必要書類と印鑑を持ち家を出る。ちゃんと印鑑が必要なのを覚えていた。素晴らしいぜ、管理人。


そして郵便局に行き無事配当を得た。よきかなよきかな。


そして丁度バスが来たので乗り込む。全ては順調に思えた。


久しぶりのバスである。普段は電車にしか乗っていないからなのかもしれんが、思っている以上によく揺れた。こんなに揺れるもんだったんだねぇ〜。


ここで気がつく。


マンガ忘れた。


配当を貰う準備をするまでは、確実に処理を進めていたのだが、意識が配当に行ってからは完全に放置プレイ。管理人は完全に手ぶらで病院に向かっている。


さすが「誰よりも天然」を自称する管理人だ。このくらいのことは朝飯前。むしろよくあることなわけ。入院している友人にメールでこのことを知らせたら「そのくらいのことは想定の範囲内」と返事があった。


さすが管理人の友人である。この程度のことで本気で怒っていては、管理人の友人はつとまらない。


そんでもってバスに乗った時に思い出したのがエコポイントである。


管理人はかなり公共交通機関を利用する。そもそも車をそれほど必要としない。なんともエコな人だ。


しかし、最近マスコミどもが五月蝿く紹介している「エコポイント」にかなりな胡散臭さを感じてしまうのは管理人だけなんだろうか。


なんでも冷蔵庫やテレビなどの省エネ家電を購入すれば、ポイントがついてイロイロな特典がつくらしい。車なんかの減税措置もありますね。時代はエコらしい。


しかし、もともと「エコ」と言えば、一つのものを長く大事に使うというものではなかったのか。もったいない、という言葉と連動性を持つのがエコだったのではなかったか。


しかし、まだ使えるものでも買い換えればエコらしい。しかも、電力をよく使ってしまう大型の物になればなるほど多くのポイントがつくらしい。ゴミを多く発生させ、より電力を使ってしまう物の購入を勧めることがエコらしい。


これは「胡散臭い」というレベルではなく完全にエコではない。確か補正予算のなかからこの分野に関して3兆円くらいの予算を使っていたかと思う。国民一人頭二万円の負担ですか。三人家族なら六万円、5人家族なら10万円負担しているわけですね。こんな馬鹿な政策に。


じゃあなんでこんなことやっているのか、というと日本の基幹産業である車会社や製造業を助けるためでしょ。実際売り上げは伸びてきている。トヨタなんかは助かってるんじゃないですかねぇ。それにエコという大義名分を振りかざしているだけ。


だってそもそも高速道路1000円とかやってる時点でエコではない。今の政府はやってることがバラバラだ。にもかかわらず、多くの人はポイントもらって喜んで買い換える。そのうえ良いことした気になってるんだから頭の中身がハッピーだこと。


しかもまぁどうせ役人のやることだから、このプロジェクトを進行するためにいろんなモノ作ってるんですよ。どうせ。そんなことアホな管理人でもわかる。


わけのわからん機構を作って、そこに役人が天下りをするんですよ。そしてまた国民の税金をポッケに入れていくんですね。


どうせだったら純粋な経済対策として打ち出せばいいんですよ。エコとか言うから余計に腹が立つ。エコと言うなら、公共交通機関の料金を下げろ。車を所有していない人間にポイントを与えろ。GWやお盆にはなんにもしない、どこにも行かない人間に特典を与えろ。


そうすると車も売れなくなるし、観光地の商売も成り立たないだろう。現状の経済発展とエコは両立しない。新たな技術革新があれば、そこでは両立しうるだろうが、現状では無理。だからこそエコは難しいのではなかろうか。まぁなんにせよ、一番資源や食料やエネルギーを消費しているはずの先進国の人間が、家電買ったらエコだなんて思ってて、その中の一部の人間が金儲けに利用してるんだから、地球のお先は真っ暗だ。


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