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仕事に恵まれている。
やりたい仕事をすることができ、自分の才能を伸ばすことができ、人に評価していただいて、普段はストレスを感じることもほとんどない。
多分、こんな人はほとんどいないだろう。管理人は恵まれた立場にいる。本人の努力と運の良さにより。
管理人には姉がいる。姉は近年2度目の結婚をして、旦那ともども近所に住んでいる。
その姉の旦那が休職中だ。理由はパワハラらしい。
9月頃に部署が変わり、それがまぁ聞いているだけでも凄まじく酷い部署なんだが、なおかつ上司も部下を何人も休職に追い込んでいる札付きの馬鹿らしい。
その札付きの馬鹿は、さらなる上司には好かれており、醜い構図が出来上がっているらしい。
姉の旦那も10月くらいから壊れ始め、仕事の愚痴も増え、休日の夜には「仕事に行きたくない」という趣旨の発言が見られ、「職人になりたい」等と言い始め、最後は「泥棒になりたい」等と言いだした。
正気の沙汰ではない。
ということで、「本格的に心の病になったりするよりは、数カ月間休職したら」と姉も助け舟を出し、休職状態に入っている。
管理人の中では、「サラリーマンはそんなもんじゃないのか」という気持ちと、「確かに辛いわなぁ」という気持ちが併存している。比率はだいたい3:7くらいか。
だからこそ管理人はサラリーマンとして生きていくことを中学生くらいに諦めた。サラリーマンしか選択肢が無いのであればホームレスもやむなし、と思って生きてきた。
40年以上もサラリーマンとして生きたら、良くも悪くも人間変わるでしょうなぁ。間違いなく。人生の時間の大半は、寝ている時間か働いている時間だ。意識のある時間のうち、多数を占めているのが仕事の時間だ。大半の人は。ということは、働いている時間が楽しくなかったら人生楽しめないのではないか。
ということで、管理人は恵まれた立場にいる。
ただ、そんな管理人でも、ストレスを感じる時期がある。それが今の時期だ。
管理人は予備校で講師をしていて、雇用形態は1年契約である。
1年ごとに更新をすること自体は気にいっている。こっちが気に入らなかったら直ぐによそに行けるからだ。本来であれば、結果を出せば評価される。確かに結果が出せなければ切られて終わり、ということになるが、それも人のせいではなくで自分の責任で切られるのだから納得がいく。
アホな誰かのせいで怒られることもなく、誰かのせいで責任を取らされることもない。
その更新の時期が今の時期だ。ここ数年、この時期が嫌で仕方がない。
結果を出してもプラス面は評価されず、マイナス面が指摘される。一言でいうとアホらしくなってきた。会社の価値感と管理人の価値感に乖離がありすぎる。
今の職に就く際に世話になった人もいるし、恵まれている部分もあるため、来季も教壇に立つことにしたが、いろいろと考えさせられる時期である。
普段ストレスにさらされていないため、ストレスに対する耐性が著しく低くなっている気がする。こうゆうことに気がつくと、人間とはつくづく良く出来ているなぁ、と思う。
絶対わざとやっているとしか思えない。どこまでいっても、どのような状況でも、「生きることは大変だ」というところに繋がるように出来ている。神様はきっとドSだろう。
「大変だったけど楽しかったな」と死ぬ時に言えるかどうかが勝負の分かれ目なのかもしれない。まずはそんな悠長なことを思える死に様であることを願う今日この頃だ。
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平凡なる日々。
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親父が死んだ。
亡くなったのは、10月30日。約一カ月経ったということか。早いものである。
管理人は親父が好きではなかった。その彼が末期癌であることを医者に告知されたのは昨年の10月。肺癌だった。
この一年本当にいろいろとあった。さすが管理人の父親だけあって、普通ではない。本当に本当に様々なことがあったわけである。
管理人は、この一年のことを忘れないために、それこそ小説のごとく記録していこうと思う。もしこの世に公表することがあったときには、気が向いたら読んでください。きっとノンフィクションだとは信じてもらえない内容となるであろう。
ということで、父親の入院生活が終了し、我が家はそれなりに平穏である。この一年というもの、ほぼ毎日誰かが見舞に行っていた。こんな家族は他に見当たらなかったですね。まぁそりゃそうでしょうが。
母親なんかは、この一年のなかで、見舞いに行かなかった日は7日程度である。あとはずっと見舞いに行っていた。それを送り迎えするのが管理人であり管理人の姉なんだが。
そんな生活からみれば、今はなんと落ち着いたことか。家族それぞれに、「自分一人の時間」がある。なんと有り難いことなんだろうか。これは本当にしみじみと感じますなぁ。
そんなこんなで、時間が余ってくると、人間どうでもいいことに時間を費やす。
管理人なんかは、それほど暇でもないのだが、最近ドラマを見ている。
世間一般の方はどうなのか知らないが、管理人なんぞは、この世からドラマが無くなっても一つも困らない。
面白くないし。
管理人の考える一つのルールとして、「同じ筋書きなのであれば、映画やドラマよりも小説のほうが面白い」というものがある。
管理人が思うに、世の中には、みんなで意見を持ちあって決めたほうが良いことと、才能のある人一人に任せ、愚民は口を挟まないほうがいいことがあると思う。
というか、基本的には後者が正しいと思う。
例えば、売れる小説があったとする。管理人は作家ではないので詳しいことは分からんが、おそらく小説は一人の作家が渾身の力を込めて書ききるのであろう。だから面白い。
日本語ほど表現が多様な言語は他になく、これを自在に操り一つの小説を書き上げる作家を管理人は尊敬する。
これは管理人の主観なんだろうが、小説を読んで、「金と時間を返せよ」という経験はほとんどない。個人的に嫌いな小説は東野圭吾の「手紙」くらいのもんである。いっぱしの作家が書いたもので、好き嫌いはあっても、それほど不満を持ったことはない。
それに比べ、映画の失敗率たるや酷いものである。
直ぐに思いつくものとすれば、宮部みゆきの「模倣犯」である。
小説は異様に長い。長すぎる。ただ、それを読ませてしまうところが才能なんだろう。結局読んだし面白かった。
それに比べ映画はなんだ。今まで見た映画の中で、間違いなくワースト3に入る世紀の凡作だ。
こんなことがなんで起こるのか、というと、結局「人」が多く介在するほどに、クオリティを維持することが難しくなるのではないか。
原作は宮部さん、監督は○○さん、衣装関係で責任を持っているのは○○さん、キャスティングに口を出すのは○○さん、等と人が多く介在するほど、それぞれの人がそれぞれの分野で自分を出そうとするほどに、突出した面白さを演出することは難しいのではないだろうか。
やはり、才能のある人が一人ですることが出来る小説のほうが、ある意味単純で良い物が出来るのではないか。
ということで、物事というものは、才能のある人間に一任したほうがいい。みんなで何かをやろうとすることは、尊いことなのかもしれないが、それならではの難しさが出てくるのだろう。
それこそ、国家運営だって、本当に優秀な人間がトップダウンでやるほうが良いに決まっている。時間もかからんし金もかからん。無能な国会議員を数百人雇って、結局なにも決められないようなものに比べるならば。
ただ、その「優秀な一人」が本当に優秀である保障も、優秀であり続ける保障もどこにもない。だから、金も時間もかかるけど、民主主義なんてやっているのだ。これがベストなんじゃなくて、しょうがないからとってるだけだ。
というわけで、ドラマも基本的に見なかった。「HERO」以来見ていなかった(本当に見てねぇなぁ)。
そんな管理人がドラマを見ている。個人的には、もはや正気の沙汰ではない。本当に暇で、やることもない限りはこんなことはあり得ない。
しかし、姉の旦那が「半沢直樹」を見ろ見ろと薦めてきて、DVDまで家に持ってきたのである。
見たら?見たら?
と、こんだけ聴かれるのであれば、もう見た方がいいのではないか、と思いついに見出している。いわば根負けだ。
さてさて、そんな今更ながらの半沢直樹だが、基本的には面白いと思う。やはり人気が出るものにはそれ相当の理由があるのであろう。
キャスティングもいいと思う。ただ、上戸彩はいらんかな。壇密もいらんかな。
ストーリーは、あまり感情移入できない。なんも考えないで見るとそれなりの面白いのだが。
半沢が①サラリーマンならではの苦しみを味わい(ここで世のサラリーマンは共感するんだろう)、②それを撥ね退けてていく(ここが痛快なんだろう)。
①に関しては、「サラリーマンやったらそんなん当たり前」ということで感情移入できず、②では、「それは現実には無理」と冷めてしまう。
だいたい、管理人は銀行や銀行マンが嫌いであり、それが主人公で立ちまわっていても、どうにも内容に入っていけない。
そんなこんなで、ようやく折り返しまで見た。なんとか最後まで頑張って見てみよう(てか小説で読みたかった)。
見ていて一つ気になったのは、「徹底的な悪者を作り、それを徹底的に叩く」という手法である。
例えば、マンガの「ワンピース」とかもそうですよね。
「誰が見たってこいつは悪者」と散々悪者を作り上げておいて、それを徹底的に叩く。
このような手法のほうが分かりやすく伝わりやすいんでしょうね。
きっとこんな作品が多いから、物事を一つの方向からしか捕えられない人が増えているのではないか、と思うことには、論理の飛躍があるのだろうか。
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なんとまぁ久しぶりの更新だこと。
今年の1月くらいに「明けましておめでとうございます」と言って8月までほったらかされていたこのブログに、毎日訪れている方がいたようで、驚きを隠しえない。
それもこれも日々大変忙しかったからであるが、一応ひと段落ついたので、更新するに至ったわけである。そして、しばらくはボチボチ更新していく予定でもある(予定は未定だが)。
そんなこんなで、体調を崩している。
今まで管理人は割と体のことなど気にせず突っ走ってきたが、これを機に少し身体のことを労りながら生きていこうかと思う。
基本的に、「いつ死んでも構わない」と思っている管理人ではあるが、生きてる間はなるべく健康に過ごしたいし、今すぐ死にたいわけでもない。
そんなに長生きするとは思わんが、残りの期間をなるべく生きたいように生きれるように、今後はあまり身体に無理をせず生きていこうと思った次第である。
そんなこんなで、今日テレビを見てみたら24時間テレビがやっていた。
あんなしょうもない番組を放映している意味もわからなければ、あれを欲している人間がいることも理解できない。
散々逆差別しといてお情けちょ〜だいで子供からも金獲ってるくせに、アホみたいなタレント死ぬほど使って中身のない番組してますよね。
24時間走らんでいいから、その分のギャラを寄附してみろ。収支を完全に公開してみろ。昨年の番組でどれだけ金が集まって、何にどれだけ使ったか公開してみろ。それが良かったのか、改善すべき所があったのかなかったのか視聴者に問うてみろ。
ただ、最近思う。自分が何を言っているのかもよくわかっていないアホなタレントやアホなコメンテーターを見ても(彼らはいじめを定義づけることができるのだろうか)、駄目な合コンみたいなバラエティ番組を見ても、結局視聴者のレベルに合わせて作られているのかな、と。
視聴者の笑いのレベルが低いから面白い番組がなくなっていくし、視聴者のレベルが低いから、ニュース番組でもろくなことを言わない。
だから笑える番組はないし(ゴールデン番組の酷いこと)、笑える芸人もほとんどいないし、ためになるニュースもない。
それもこれも視聴者に合ってしまっているからそれはそれで成り立っている。
24時間テレビだって、バカみたいに金集めてますよね。数億というお金が一日で集まる。不景気なんてどこふく風ですわな。
あんなアホ臭い番組に金出して何か良いことした気になっている人は、自分の出した金が何に使われているのか、もっと有効な使い方はないのか、なんてなことは気にしない。出しただけで良い気になる。そんだけ。
例えば、テレビの国会中継でも、予算審議はアホみたいに中継している。しかし、決算レベルになるとほとんど扱われない。事後のチェックなんてこの国の人は気にしないのだ。
だから、昨年発行された復興国債が実は年金の支給にあてられていたことも知っている人はほとんどいない。金出したら後は知らないんだもん。そんなことで復興なんぞ進むはずもない(誤解を恐れずに言えば、管理人は復興なんぞ進まなくてもいいと思うが)。しかし、復興債買ってる奴は、ハッキリ言って自分の金儲けのためにやっているのだが、心のどこかで「良いことした」なんて思っているのだからマヌケ100%である。
福島だって何も解決していない。4号機の使用済み核燃料棒がどういう状況なのか、それを改善するための手段が存在するのかしないのか、仮にそんな手段が存在したとして、いつから手をつけることができるのか、なんてなことは考えている人はいない。きっとみんなそんなことに興味がないのだろう。管理人からすれば病気だとしか思えないが。自分や自分の子供の命に関することなのに興味を持てないのだから生き物として欠陥品である。
結局大井原発も関電が押し切って稼働している。
「夏に電力が足らなくなる」
という一言で押し切られた。
大飯原発3・4号機でどれだけの電力が作られるのか、近畿の関電以外の発電所がどれだけ稼働していて、それを仮に関電が買い取ってフル稼働すればどれだけの電力を作ることができるのか、緊急設備発電を東電に比べて関電がどれだけ増やしていなかったのか、ということを知らないし知ろうともしない。
会ったこともない、なんとなくそれっぽい肩書を持つ人がそれっぽいことを言えばそれで終了。自分の頭で何かを考えて言葉を発することが出来る人がほとんどいない。こんな人たちが一人前の顔して暮らしているのが日本の現状だ。
管理人はこのような人たちを見て、この国の行く末が楽しみでならない。もうそろそろ限界なんじゃないですかね。いろんなことが。
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みなさま明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
と1月13日に言ってみた。
管理人的には、「正月だから」ということで何かをすることが好きではない。
よく「今年は〜〜をする!」「今年はいい年にするぞ」などとほざいている愚民がいる。
だったら12月31日からでも始めりゃいいし、まずは今日という日を良い日にすればよい。それが出来ん奴はけっきょく今までと変わることなく日々を過ごしていくのである。こんなものは政治家の公約と変わらん。せいぜい自分自身を裏切って生きていけばよい。
このような思想なので、管理人は年末も正月もいつもと変わらず過ごしていた。寧ろいつも以上に仕事の日程がつまっていないので、自分のために時間を使っていた。
今の仕事をより良いものにするための準備や、将来の自分の活動範囲が広がるように準備をしつつ、疲れたら寝るというサイクルを繰り返していた。そこに正月も年末も盆もない。
そりゃそうだ。正月だなんだと言ったって、単なる時間の経過に人間が勝手に区切りをつけただけである。なにがあるわけでもない。あえて言うならば、いつも以上にテレビがつまらんということくらいか。
ただ、数年前から年越しそばを食い、初詣に行くようになってから人生が切り開けてきたので、今年もそれだけはルーティーンとして踏襲した。
そういえば、新年早々彼女が出来た。その彼女と初詣に言ったのだが、その彼女がついていない。聴くとこの数年間驚くほどついていなかったようだ。
最初は話半分で聴いていたのだが、初詣に行ったときにおみくじを引いたら、管理人は大吉だったのだが、彼女は凶。
まぁそんなこともありますよ。あるある。友人に「おみくじで凶って悪くないんだよ」と言ってくれる人もいた。
ところで、管理人は神社と寺の両方初詣に行く(しっかり正月を満喫しとるじゃないか)。
彼女が凶を引いたのは寺だった。そこでお守りを買っていた彼女を思い出す。
その後、神社にも初詣に行ったので、そこでも彼女はおみくじを引いた(管理人はすでに満足しているので引かなかった。これを勝ち逃げという)。
そこでも出たのは凶。
こんなことってあるんですねぇ〜。すげ〜なぁ。なにを持っているんだこの子は。
初詣はこれで終了した。しかし、なにかもやもやしたものが残る。彼女は数年前にダメ男に振り回されてから天に見放されているようであり、それを正月に再び突きつけられたかたちになった。それにしても、管理人は凶を引いたことがないのだが、あれほど何一つ良いことを書いていないおみくじってあるんだなとある種の感動をおぼえた。
そこで管理人は思い出した。管理人が住んでいる京都に、悪縁を断ち切る神社があると誰かが言っていたではないか。その名も安井金毘羅宮。
なんでも、小さい穴を通り抜けると悪縁を断ち切り、再びその小さい穴を通り抜けると良縁に恵まれるらしい。
ちょうどその神社の近くの場所に行く用事があり、ついでにその安井さんにも寄ってみることにした。
管理人は悪縁とは無縁なので、横で見ているだけだったのだが、彼女は頑張って通ってましたね。穴の中を。
それにしても、そんな穴に通るために「並ぶ」んですよ。すげ〜なぁ〜。こちとら少々美味いものでも並んで食うのが嫌なのに、穴に通るためにあれだけの人が並ぶんですからねぇ。そんだけ良縁に恵まれない女性が多いということか(神社に訪れている女性と男性の割合はだいたい8:2くらいだった)。
考えてみると、あそこに来る女性は確実に恋愛に悩んでいるか飢えている。であるならば、彼女のほしい男性はあそこでナンパすればいいのではないか。しかも神社の目の前はラブホが群れをなしていた。京都の街並みは未だにわけわからん。
それにしても、若い女性が「パンツが見えてもやむなし!」というくらいの意気込みで狭い穴を通っているのを見ると、鬼気迫るものがありましたなぁ。見た感じ25〜35歳くらいの女性が多かった。ここにいたるまでに彼女達にいったい何があったというのか。
まぁそんなこんなで安井さんに断ち切ってもらった、ということにしとけばよかったのだが、彼女がまたおみくじを引いた。
結果は凶。
まさかの三連ちゃんである。あるんだねぇ、こんなこと。いったいコレ以上ど〜しろと言うのか。それとも、少なくとも今年一年は諦めろということか。
人と付き合っているとこ〜ゆう面白さはありますよね。一人で生きていては遭遇できないことに遭遇する。三回目の凶のときには管理人は死ぬほど笑ったなぁ。
そんなこんなで今日にいたる。今年もこんな感じで日々充実しつつ笑いながら過ぎていってほしい。
一年の計は元旦にあるらしい。
そして管理人は今年33歳となる。はぇ〜なぁ〜。あっという間の人生である。
いつの頃だったのだろうか。管理人は、「もぅ十分楽しませてもらったなぁ。いつ死んでも文句は言えねぇな」と思うようになった。いつくらいから思ってるんだろうなぁ。
仮に25歳くらいからこのようなことを思ったとして、もう7年以上の月日が経った。いやはやよく生きている。そして、それが驚くほどアッと言う間の出来事であった。いろいろなことがあったのだが、全てのことを覚えているわけでもなく、脳細胞は日々死亡していき、思い出せないことも多くなる。
これからあと何年生きようと、死ぬ時には、きっと「やっぱりアッと言う間」であり、「いろいろあったけどそれほど覚えているわけでもないなぁ」と思うんだろうなぁ。
だったら長生きしてもそんなには変わらんかもしれんなぁ。そんなことを元日に思っていた。
そんなこんなで今年も宜しくお願いします。
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真相は闇の中、なんてなことはよくあることだ。
柔道でオリンピック2連覇した内柴が準強姦で逮捕された。
なんなんでしょうなぁ〜。いろいろと考えさせられることがありますなぁ。管理人は。彼は現役引退後、大学で客員教授をしていたそうな。そこで大学生に柔道を教えていたそうな。彼の年齢は33歳。
管理人は予備校で講師をしている。年齢は32歳。
人ごとじゃねぇな(笑)
彼は「合意のうえだった」と言っているらしい。しかし、そんなことは問答無用で大学を解雇され、逮捕までされてしまった。そして、彼の名誉は地に落ち、彼の肩書は「金メダリスト」から「性獣」へと変わるのだ。
なんでしょなぁ。こ〜ゆう事件って、女子の言ったもん勝ちじゃないですか。女子が泣きながらそ〜言ったら誰も疑えませんよね。仮に真実は合意があったとしてもだ。
本当に合意がなかったんですかねぇ〜。あくまで推測の域を出ないが、管理人的には、合意があったのではないかとにらんでいる。
もし本当に合意がなかったとして、彼が「合意はあったんだ」なんて言い訳しますかねぇ。捕まったうえにそんな言い訳したって、メリットないですよ。
まず、女子側は絶対主張を変えませんからねぇ。そんなことしたら逆に訴えられかねん。そして、仮にシャバに出て来たとしても、非常に後味が悪い。結局まともに社会復帰できんだろうなぁ。長引けば長引いだ分だけ損するだろ。そして、本当に強姦したんなら、向こうの主張を認めて反省し(たフリをし)、執行猶予を取りにいくのではないだろうか。わざわざ長引く道を選択し、実刑のリスクを背負ってまで彼が「合意があった」と言うのは、本当に合意があったからではなかろうか、と思うわけである。
しかし、本当に合意のうえでヤッてるにもかかわらず、こんなめに会ったんならたまったもんじゃねぇよな。本当に人ごとではない。
仮定の話で考えてみるならば、管理人が受講生と大恋愛をしそうになり、ただ、受講生には手を出せないから、受講終了まで待ったとして、それから結ばれ、その後、そいつと大喧嘩をした挙句に別れ、「実はあんときは合意なんかなかった」なんて言われて会社をクビになり逮捕されたみたいなもんか。マジで気をつけよう。案外簡単に人生の歯車は狂うんだな。
まぁお堅い人たちは、内柴に対し、「そもそも未成年者に酒を飲ますとは」だの「そもそも未成年者とヤルなよ」などと思うかもしれん。
まぁそれはそ〜なんだろうが、19歳くらいの奴が酒飲んでることなんて案外普通にありますよ。それを見て見ぬふりしている大学教員なんて腐るほどいるだろう。
「未成年者とヤルなよ」というのも、そりゃ〜そ〜なんだが、でも言っても大学生でしょ。みんな、ドラマの高校教師で真田広之と桜井幸子が結ばれたときにそんなに怒らなかったじゃないか。そんなに目くじらたてんでもいいんじゃないか、と思いますけどねぇ。結局、争点は合意があったのかなかったのか、という所に行きつくと思うのだが。まぁ真相は迷宮入りで、内柴の地位は地に落ちたことは間違いない。
そんなこんなで話が代わり、元大臣の冬柴(公明党)が死亡した。
内柴とちょっと名前が似ていたから採り上げてみたのだが、顔を見たらたいていの方は、「あぁ、この人か」と思うのではないだろうか。
この人。まぁ公明党ってことはソーカか。なんでも、前の選挙で田中康夫に僅差で敗れ、引退も考えたそうだが、次の選挙で比例区から出馬しようとしていたそうだ。
ということは、まだまだ政治家としては道半ばで、本人としてはやり残したことがあったのだろう。そんな中での訃報である。
「まだまだ死にたくない」「まだまだやり残したことがある」「俺の人生これからだ」と思いながら亡くなられたとしたならば、信心が足らんかった、ということなんだろうか。ソーカの人に聴いてみたいもんだ。
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