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帯広はとうとう雪景色となりました。でも暖かかったせいか昼からは降った雪はとけて 道路はべちゃべちゃで、歩くのが大変でした。そして、久しぶりの雪かき。 明日は体のあちこちが痛くなりそうです。 一般質問の原稿も佳境に入ってきました。明日から一般質問初日が始まります。 さて、前回「希望学」のお知らせをしましたが、その希望学から「偽物の希望」と「本物の希望」 について書かれていましたので、ちょっと興味を引く内容なので取り上げてみました。 「偽物の希望」と「本物の希望」 橘川 武郎(社会科学研究所)
(抜粋) ここで、一つの故事が脳裏をよぎる。 世界大恐慌の荒波にさらされたドイツでは、1933年3月に失業者数が、560万人に達した。しかし、その年の1月に首相に就任したある人物が、高速道路(アウトバーン)建設と国民車(フォルクスワーゲン・ビークル)普及に象徴される経済政策を展開した結果、わずか数年で、失業者数は50万人を割り込む水準にまで激減した。ドイツ国民は、この出来事を、その首相の名前にちなんで「○○の奇跡」と呼んで、称賛した。 問題は、その○○にはいる名前が、アドルフ・ヒトラーだったことにある。 失業克服で人気を得たヒトラーが、その後ドイツを、軍備増強、ユダヤ人迫害、第2次世界大戦の開始と敗北へ導いたことは、よく知られている。それは、ドイツ国民にとって、破滅へつながる道であった。大恐慌下で絶望の淵にあったドイツ国民は、ヒトラーに「希望」を見出し、そのヒトラーに従って破滅するにいたったのである。 ヒトラーがドイツ国民に与えた希望は、「偽物の希望」であった。絶望が深いときほど「偽物の希望」が横行することを、この故事は教えている。 私見ではあるが、希望学の使命の一つは、「偽物の希望」の横行をチェックすることにある。そのためにはまず、「偽物の希望」と「本物の希望」とを峻別することが必要になる。希望学が学問であることの根拠の一端は、この峻別をきちんと行うことにあると言える。 「偽物の希望」と峻別される「本物の希望」の要件は、何か。 その答えは、単純すぎて恐縮ではあるが、(1)目的の正しさと、(2)手段の適切さ、の2点に求めることができる。(1)はWHATにかかわる問題であり、(2)はHOWにかかわる問題である。 WHAT面での説得力とHOW面での説得力の両方を欠いては、「偽物の希望」といえども、成立することは困難であろう。大半の「偽物の希望」は、WHAT面での正しさか、HOW面での適切さかの、いずれかを有している(厳密に言えば、いずれかしか有していない)。 誤解をおそれずに言えば、ヒトラーがドイツ国民に「偽物の希望」を与ええたのは、失業問題の克服やドイツの復興という彼が掲げた目的が、ドイツ国民に対して説得力をもったからである。しかし、ヒトラーが採用した手段には、非人道的で邪悪なものが数多く含まれていた。WHAT面での説得力がHOW面での不適切さを覆い隠し、ドイツ国民は、ヒトラーの「偽物の希望」の罠にはまったのである。 この文章を読んで感じることとは、子ども手当や農家の戸別保証制度の手法である。 子ども手当は、1人あたり2万6千円もらえるという期待感のその裏側には、扶養控除・配偶者控除の廃止という手段があり、さらにまだ不足する財源を求めるために、いよいよ公約にない財源の地方負担という切符を切ってきました。 一方、農家の戸別保証制度は、農家に積立金をさせ、さらに地方自治体にも財源の分担をさせると言うことを検討し始めている。マニフェストのどこにそんな事が書いてあっただろうか。 橘川武郎教授は「WHAT面での説得力がHOW面での不適切さを覆い隠し」といっているが、まさにこのことではないだろうか。 |
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2009年12月06日
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インデアンカレーってどんなカレーなんですか???


