神崎郡 永源寺町
昭和30年市原村と永源寺村が合併して生まれた。
甲津畑:交通の要衝として上の津と呼ばれたところから名づけられた。
左目:逆真上人の左眼の流れ止るところで左目といったとか、猛牛が村に暴れ困らせていた時、左眼の童子がこれを退治して救ったことから、童子の功績を後世まで伝えんためにこれを記念して左目としたとかの話が伝えられている。
蓼畑:惟高親王が来られたとき鮎鮨を蓼の葉に乗せて差し上げると、美味だったところから礼に村名に付けられたと伝えられている。
黄和田:檗(キハダ)樹が多く生えていたところから村名が出来たとも言う。
政所:昔政所畑といい、輿地誌略に「此所を政所と号するは小椋太政大臣実秀居住の地ゆえこの名ありと信用するに足らず。これ百済寺政所の畑なりに故政所畑と言う。」とある。
蛭谷:村名は惟高親王伝説に纏わり、親王が此処にこられた時滝壷に日輪輝き早滝といわれ、又昼滝とも言ったところから生まれたという。
|
「檗」はキハダと読むんですねぇ、難しいです;;みかんの仲間でしょうか。京都府宇治市の「黄檗(おうばく)」駅の隣は「木幡(こわた)」駅。一瞬「ん?」と思ったけど、由来がわからないので何とも。
2005/10/20(木) 午後 6:35 [ なむ ]
むむむ・・・(@_@)難しい黄檗・木幡の組み合わせ微妙だ!! チャンスがあれば調べてみたいですね。
2005/10/21(金) 午前 8:06
ヒルと付くと最近は渡来人のことらしい。
2008/6/11(水) 午後 9:07 [ - ]
知識として大切なことなのですね。ありがとうございます。
2008/6/11(水) 午後 10:05
黄檗と言えば黄檗宗という仏教宗派があります。開祖は江戸時代とのことですけど。
蛭は「へる」と呼んだので、「へる」読みがあれば蛭または湿地に繋がるでしょう。「ひる」だと蛭または当字の可能性も。
忌むものの名を付けて逆に貴むということもあるので、「蛭」だからかなんなぁとは言えないですね。
2008/6/12(木) 午前 9:43 [ 出雲守 ]
木幡は和名抄時代は、岡屋郷許波多荘。秦氏です。
このホームページも地名の起源が出ていて面白い。
http://www.dai3gen.net/index_j.html
2008/6/12(木) 午前 11:11 [ - ]
和名抄時代と言えば、北は今の東浅井郡まで秦氏は見られます。
坂田郡など息長、坂田酒人、穴村村主以外では殆ど秦氏。
地名で残るのは依智秦など犬上より南が多いです。
山門、日吉山王などの領も多いです。
そこへ中臣氏中原氏佐々木源氏などが入って来ることになるのでしょう。
2008/6/12(木) 午前 11:37 [ 出雲守 ]
その佐々木源氏が、一番のくせ者。一様宇多源氏だが、出自がはっきりしない。太陽神を拝し、天文測量製鉄港湾(津)警備に関わっている史実がある。
史実をつめると渡来系職業集団のような感じ。秦氏の配下のよう。
2008/6/12(木) 午前 11:59 [ - ]
冒称のケースもあるでしょうし。誰々の何世の末裔なんて既に辿れない人を祖にしてしまえば名乗ったもの勝ち。
あやしさでは中原氏もおなじ。
佐々木氏系ではないです(まったく関係無いわけではないらしいけど)が私も自分の名字を疑っています。
秦氏もいくつもの種類があるようで、大括りとしてはいいのですが、個別には色々あるんじゃないかなぁ。
2008/6/12(木) 午後 0:25 [ 出雲守 ]
先日拝見した秦姓の文書、彼らは佐々木氏を名乗っていた連中でないかと見ました。宇多が仁徳のどっちの佐々木かはわからないが。私は源朝臣で、佐々木氏嫡流に近いのでよくわかる。鎌倉以前までは追跡できたから。
2008/6/12(木) 午後 1:41 [ - ]
先日とは私のところのでしょうか?山東町史の写し。
あの中の多賀氏の一族がおそらく血縁上祖父の実家方になるはず。
中原氏系多賀氏の流れで、愛知郡長野起源の多賀神官とは言うけど、中原氏と言うのは非常に怪しい。秦氏の里ですし。
秦氏自体は大原郷長解、長岡郷長解、駅家郷長解に懇田の売り主買い主双方に見られます。おそらく坂田郡山東部の農地は秦姓の農民が耕していたのでしょう。それが一夜にして消えて佐々木源氏が涌いて出るとは考えられませんから、冒称または婚姻等に依り名乗っていると思います。
文和2年と言うことで、大原郷に佐々木氏大原判官が領して100年程経っていますし、このあとどんどんその末とかを名乗り出すんでしょうね。
なお、大原郷長解に見える姓は秦の他は刑部、敢、建部、坂田酒人、ですかね。一般市民は秦ですけど。
因みに懇田の買い主は湯次郷の戸主。弓月の末ですよ。
2008/6/12(木) 午後 8:03 [ 出雲守 ]
広く・深く・多くの人間関係・・などなどじっくり検証してゆきたいものです。
2008/6/12(木) 午後 9:12
山東町史の文書、なんとなく少し出来すぎ、近世のニセ文書の匂いがしますが、それは思い過ごしか。中原氏はおかしいね。一般人は秦を称していたのか。佐々木は平安ごろから、もう矛盾だらけですからなんとも、人によれば東南アジア系とか。それが少彦名命だとか。まあ秦と同じ集団の名前でしょうね。
2008/6/12(木) 午後 10:01 [ - ]
滋賀県立図書館に山東町史が三冊蔵書されていて、貸し出しも出来るようです。
近々に借りて目を通します。感謝!!
2008/6/12(木) 午後 10:16
滋賀大や県立大学の図書館もOKでは。市の図書館の取り寄せサービスもあるでしょう。県の文化財協会も親切です。
2008/6/12(木) 午後 10:22 [ - ]
県立図書館の隣の・・・覗いたことがありません!!
何となく敷居が高いように思っていました。思い込みが激しい甚七ございます。月に一度くらいは前を横切っていますのに・・・
2008/6/12(木) 午後 10:52