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滋賀県長浜市の地名 年月日は地名の成立日 長浜市:天正年間の初め羽柴秀吉の付けた長浜町名を市名とする。昭和18年4月1日 朝日町:発展を祈願して付した新生地名。昭和40年8月1日
泉町:旧中沢村の東に湧水池があったことにちなむ。昭和32年3月3日 大島町:昭和42年から45年にかけて大島水泳場付近の公有水面の埋め立てによって起立し、この大島水泳場にちなむ。
大宮町:旧宮町を中心とする地域であることによる。昭和39年12月1日
鐘紡町:鐘紡の工場が存在することによる。昭和40年8月1日
世間をいろいろ騒がせていますね。ガンバレ 鐘紡町!!!神照町:旧村名 坂田郡神照村にちなむ。昭和18年4月1日
もっと素晴らしい来歴があるように思っています。小一条町:条里制にちなむ。昭和18年4月1日
条里制 調べる必要性を感じてます。角川日本地名大辞典 25 滋賀県
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supponnoichibei さん:知りませんでした!!ありがとうございます。
信長は地名にまで、外国の匂いを持ち込んでいたのですね。
意識しながら、地名を眺めて行きます!!
2008/6/9(月) 午後 0:50
地名の変遷をじっくり腰をすえて、眺めることも大切なことですね。
出雲守さん!!何時ものことながら、ご指導ありがとうございます。
2008/6/9(月) 午後 6:54
出雲守さんは詳しいよく勉強している。同じ家紋だ。
神照は音読みすると「しんしょう」なので、光の単位のカンデラをだれがいつ入れたのだろう。寺に行けば、おそらくわかるはずである。
安土も外国地名だと説明を受けたことがある。
2008/6/10(火) 午前 0:12 [ - ]
同じ家紋とは珍しいですね。
神照寺は「じんしょうじ」と読みます。
http://www.h2.dion.ne.jp/~jinsyoji/engi/index.htm によると、「足利義政が、堂舎を修補し、中興開基の實雄僧正と共に寺門を興隆し、法流神照寺流を創始する。」とあるので、信長より前であることは確かです。
このあたりは古代では物部氏を除いては出雲系等の渡来人が多かった所ですので。
神功皇后の息長氏も渡来人との説がありますし。
安土山は元は目賀田山といい、佐々木氏が弓の練習の的を置いたことから的の盛り土である「安土」になったとか。目賀田氏は愛荘町の目賀田に移ったとか。
このあいだ安土まで行ったけど博物館には行けなかったので行けたら見てきます。
2008/6/10(火) 午前 0:56 [ 出雲守 ]
安土のゆらいについては・・・→http://blogs.yahoo.co.jp/kmr_tds/21392486.html
こんな見解もあるようです。
2008/6/10(火) 午前 5:51
出雲守さんの方が詳しいですね。
2008/6/10(火) 午前 5:53
当然出雲守さまが詳しいです。安土のセミナリオのあったところの小字地名も気になります。カンテラとは獣脂蝋燭のラテン語、秦氏がにおう。伊部地名があるから忌部もいたのでは。滋賀県は絵図が多く保存されているので、非常にやり易いところですのでがんばって下さい。
2008/6/10(火) 午前 10:10 [ - ]
匂うどころか旧長浜市を含む坂田郡には秦氏が戸長勤めていた文献が見られますよ。
昨日図書館で筆記して来た文献は、
http://gizmon.ddo.jp/diarypro/diary.cgi?no=571
です。ここにも秦氏がいるでしょう。
セミナリヲの小字名は「近江城郭探訪」p115下段に「大臼(だいうす)」と出ています。筆者もデウスが転訛したものかと書いています。
2008/6/10(火) 午前 11:37 [ 出雲守 ]
出雲守様は研究者ですな。
室町でも秦姓を名乗っていますね。長浜は条里地名が条で残っているのはちょっと珍しいですね。概ね坪がよく見られるところだが。竜王町に秦食品という企業があるので、結構滋賀では秦姓を使用している人が残っているのですね。
2008/6/10(火) 午後 5:22 [ - ]
地名と人名のかかわりの深さを感じます。
勉強させていただいてます。
2008/6/10(火) 午後 7:57
条里制と言えば、今の長浜(坂田郡)の街路は当時の条里ほぼそのままです。
駅前通り(県道)はおおよそ七条。旧国道8号はほぼ九里。
私の今住んでいるところは、六条八里八ノ坪らしい。
らしい、ほぼというのは、厳密に批定した地図が手元に無いから。
図書館にあったのは小さ過ぎるんだよなぁ。
2008/6/11(水) 午前 10:17 [ 出雲守 ]
滋賀県は?も?条里制に伴う地名が多いように感じています。
当時の地図が発見されると面白いでしょうね。
2008/6/11(水) 午後 6:38
旧国道8号は十里のちょっと東でした。十里街道(戦前の旧国道)が十里になるようで。
滋賀の歴史地名に付いては小字を調べる必要があるでしょう。
通称は虚ろいても、小字には残っていたりしますし。
奈良はそれを調べて旧条里を確定したと聞きますし。
2008/6/11(水) 午後 6:54 [ 出雲守 ]
滋賀は県大の高橋美先生がかなり調べておられたが、急逝されたのでその後どうなったのかわからない。明治43年ごろの公図を市の固定資産税課で閲覧するのがベストなのでしょう。
2008/6/11(水) 午後 8:53 [ - ]
「字」まではネット上のサイトで垣間見ることが出来るようですが・・・
「小字」はほんの少しですね。各地の古地図に頼らざるを得ないのでしょうね。
2008/6/11(水) 午後 9:56
公図!!その存在さえ知りません!!まして固定資産税課で閲覧できることも知りませんでした。
しかしながら、閲覧して様々なことを得る術さえ持たない甚七でございます。
頑張ります!!
2008/6/11(水) 午後 9:59
高橋美久二: "古代の近江の東山道" 地理と歴史空間. 146-159 (2000)
高橋美久二: "古代道路研究の現状と課題" 歴史地理学 42−3. 37-49 (2000)
この先生のことでしょうか?後継者が居られるといいですね。
2008/6/11(水) 午後 10:03
税務課で見ることは出来ますが、写せなかったと思います。
番地なら http://www.rosenka.nta.go.jp/ から探せなくもないです。
http://www.jinbunsha.co.jp/now_other_map/index.html に日本分県地図地名総覧という本があります。実物を見たことが無いのですが、地図じゃなく一覧なら郡志あたれば調べる楽しさもあるので要らないかなぁ。
2008/6/12(木) 午前 10:17 [ 出雲守 ]
滋賀県はどこかに申請すれば写せますが、番地は戸籍謄本でわかりますね。写せないと建築確認申請の添付資料にならないし、今は研究目的ならよくなっている。法務局なのか県立図書館行政資料コーナか。
2008/6/12(木) 午前 10:48 [ - ]
日本分県地図地名総覧:滋賀県立図書館で閲覧できるようです。
今週の土曜日に覘いてみたい!!ご指導感謝!!
2008/6/12(木) 午後 8:19