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滋賀県長浜市の地名 年月日は地名の成立日 中山町:八幡中山町の通称中山町と呼ばれていた地域であることによる。昭和39年12月1日
布施町:昔、当町付近に布施屋があったともいわれることにちなむ。昭和18年4月1日
「布施屋」どんなお商売をしていたのでしょうね。分木町:「ブンギチョウ」と読む。旧八幡中山町の通称分木と呼ばれていたことによる。 昭和39年12月1日「木を分ける」植木屋さんの集まりと考えるのは、無理があるかな・・・・ 港町:長浜港のあることによる。昭和40年8月1日
長浜港は、昔 活気のある港だったのでしょうね。「黒壁」「ガラス工房」のほかに、こちらも観光の目玉に・・宮前町:長浜八幡宮の前に位置することによる。昭和39年12月1日
元浜町:長浜の古くからの中心であることを表す名称として選ばれた。昭和39年12月1日
成立年月日が新しいだけに、ひとひねり欲しかった・・・は、無学者の偏見か?角川日本地名大辞典 25 滋賀県 |

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分木は道や村の堺に植えられた木を指します。
宮前や元浜は新町名。
中山町は元は中山氏の土地。このうち八幡さんの荘園になった方が八幡中山になってます。
2008/4/19(土) 午前 7:32 [ 出雲守 ]
「分木」地名:興味の虫が・・・調べてみます!!
沢山のご指導ありがとうございます。よろしくお願いします!!
2008/4/19(土) 午前 9:21
もう少し判りましたので。
八幡中山はもともと北野と称していた。
これを中山氏が領したことから中山になる。そして八幡庄にあるため八幡中山と。
明治になり長浜から敦賀への鉄道が敷かれ、のち東海道線が関ヶ原から現在の国道365号線で長浜に乗り入れることになる。当然敦賀への線路と分岐することになる。後にこの東海道線が廃線になったときその跡に馬車道が設けられ、十里街道との分岐点に木が植えられたことからその分岐点を「分木」と呼ぶようになった。また分木の東隣を中山と呼ぶ。
とまぁ、こんなかんじみたいです。これでもまだ部分的に眉唾みたいな気がします。
2008/5/20(火) 午後 4:51 [ 出雲守 ]
歴史を振り返ると面白いことが分かるのですね。
歴史研究家の尽きない探究心の一端に触れた思いです!!
2008/5/20(火) 午後 6:29