守山市:昭和30年1月15日 比叡山の護り寺として延暦年間(782〜806)に建立されたという守山寺(別綴護山寺、現在の東門院守山寺)に由来するというが、応神紀などに出てくる大和朝廷の諸国においた「山守」「山部」によるとの考えもある。のち村名・宿名としても用いられた。多説があり、迷宮に入ってしまいました。じっくり検証したいテーマです。 十二里町(じゅうにりちょう):昭和45年7月1日
最近の地名なのに、難しい読みの地名ですよね。由来は訳ありと考えたいのですが・・二町町(ふたまちちょう):昭和45年7月1日 欲賀町(ほしかちょう):昭和45年7月1日 特に、「ふたまちちょう」は「町」を連ねる地名、他にあるのでしょうか? 角川日本地名大辞典 25 滋賀県
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十二里は、地元では、じゅんのりと言います。 浮気(ふけ)、阿比留(あびる)もけこ、おもろい名前です。
2006/5/8(月) 午前 10:29 [ kiyo ]
語呂・ひびき「じゅんのり」いいですね。このように読む理由・背景など知りたいものです。地名に興味を持った原点は「甚七町」(消滅地名)の読みです。地元の人は。「じんしちちょう」と呼ぶのに、書物は、読みが違う。何故!!!今だに不祥でございます。永遠のテーマ!!
2006/5/8(月) 午後 6:15