滋賀県米原市の地名朝妻(あさづま):浅妻・朝嬬・且妻とも書く。大和(奈良県)朝妻の朝妻造(あさづまのみやっこ)の一族が移住したことによるか。現在は、朝妻筑摩朝妻(あさづま)の地名があるところ :奈良県御所市 朝妻町(あさづままち)の地名があるところ :福岡県久留米市 朝妻町(あさづまちょう)の地名があるところ:京都市下京区・兵庫県河西市 「朝妻船」という言葉があるその意味は 1 朝妻と大津を往来した渡し船。古代から江戸初めまで、東国からの旅客が利用した。遊女が乗って旅人を慰めることもあった。
2 英一蝶(はなぶさいつちよう)の描いた、遊女が烏帽子(えぼし)・水干(すいかん)をつけ、船にさおさしている図。この絵を題材にして長唄や舞踊などが作られた。 美しい絵と紀行文?(下記はその抜粋) → http://www.asahi-net.or.jp/~dc1k-ued/xyoomi32.htm
「朝妻なんていい名だなあ。あの娘の色っぽさにピッタリだ。しかも湖畔に霞がたなびいて…」万葉の時代は"通い婚"であり、男は女の家で一夜を共にして朝帰りする。それを女が見送る光景だ。 |
全体表示
[ リスト ]








どうやら朝妻と言うのは今の朝妻筑摩が中心ではなく米原市近江庁舎北の日撫山(顔戸山、朝妻山)を東端とした朝妻入江が天野川北岸にあって、その周辺一帯を朝妻荘と呼んだようです。その港が筑摩。次第に入江は埋め立てられ、作られた田は寄進されていったようです。
2008/5/23(金) 午前 9:05 [ 出雲守 ]
日撫山の俯瞰写真です。→http://blogs.yahoo.co.jp/kmr_tds/20839402.html#54364876
写真の遠景(奥??)には、琵琶湖が見えることからもお説に共感いたします。
2008/5/24(土) 午前 6:51