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沖縄?にお住まいの方からコメントを頂きました。「糸満の由来」について 興味が湧きましたので、ネットサーフィンしましたら、下記のHPで、紹介されてました。 → http://homepage2.nifty.com/mogura-net/%82%82%82%8E%81]12.htm ???上記アドレス クリックしても開かず、コピーして。検索サイトのアドレスに貼り付けて見てください。??? ◆「糸満」の地名の由来?
沖縄本島南部の漁村・糸満(いとまん)には、いくつもの"伝説 "があります。 たとえば、「はるか昔、糸満の漁夫はサバニに乗って、太平洋はおろか、インド洋、地中海にまで出かけていった…」と。 糸満の漁師は「サバニ」と呼ばれる小さなクリ船に乗って朝鮮の海域にまで出かけたと言われています。また、大航海時代、琉球国の貿易船はタイなどの東南アジアの国々まで航海していました。たいへん勇敢で優秀な船乗りだったのです。 しかし、「サバニで地中海まで」という話になると、飛躍しすぎていて、現実離れした、まったく突拍子もない話になってしまいます。糸満の漁師「イトマンチュー」は「ウミンチュー(漁師)の中のウミンチュー」と言われるだけに、その武勇伝としてこんな眉唾な話も出てくるのかもしれません。 ここに、かなり「???」な伝説、「糸満の地名の由来」を紹介しましょう。 <由来1> 1、かつてナポレオンがエジプト遠征した際、地中海を走る小さなサバニを見て、「あれは何か?」と質問した。調べたところ、糸満の漁夫だった。そこで部下は「あれはイーストマン(東洋人)でございます」と答えた。それ以来、糸満漁夫は「イーストマン」と呼ばれ、勇敢な東洋人の象徴として、ヨーロッ パにその名が鳴り響いた。それがなまって「イートマン」となった。 <由来2> 2、イギリスの貿易船が遭難して沈没、乗組員のうち8人が海岸にたどり着いて定着した。8人の人間が着いた場所なので「エイトマン」。なまって「イトマン」となった(!) 実はこの2つの説は30年ほど前のガイドブック(1967年発行の『ブルー・ガイドブックス』)にも載っていました。話の出どころは分かりませんが、沖縄の友人も同じような話をしていたので、けっこう古くからの俗説なのかもしれません。「イトマンチューならあるかも」という、沖縄県人の憧憬(?)なのでしょうか。
「2」の説は思わず苦笑。「1」も信憑性はまったくない話です。有能な航海者であった糸満の人たちも、さすがに小さなサバニで地中海までは行けなかったはずです。 さらに、「中国から帰路につく途中、琉球に立ち寄ったあるイギリス船の船長が、後にナポレオンと出会って、そのとき琉球について語った」というまことしやかな話もあります。 ともかく、上のような奇想天外な俗説が、有名なガイドブックに大まじめに紹介されていたのですから、笑うに笑えません(でもやっぱりおかしい)。当時の「沖縄」に対する理解も押して知るべし、でしょうか? それとも真実??? ※どなたか、本当の「由来」をご存知ありませんか? 糸満に関する「伝説」など、他にもありましたら情報お待ちしてます! というような紹介です。地名のルーツを探るのは、なかなか難しいのです。
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沖縄の地名のルーツは、日本ではなく他国の話が深く関わってきそうですよね。
2006/1/1(日) 午後 5:03
四面海ですから、その指摘は間違いないと思います。もう一面の見方として、沖縄民族の意思が反映されているのではと考えたりしています。北海道のアイヌと共に沖縄民族は歴史的な背景があるのでは・・・・その昔、世界的な民族闘争によく似た現象が日本にもあったようですね。
2006/1/1(日) 午後 9:07
<由来2> は地元(糸満の人に)聞いたことがあります
2006/1/22(日) 午前 10:42 [ et ]
地名の原点は、地元の方々のお話・実地検証が1番確実だということが、いろいろな書き物に見えます。きっと<由来2>が本物だろうと存じます。
2006/1/22(日) 午後 0:30
サバニは、遠洋航海にでるときは、ヤンバル(山原)船という竜骨をもつジャンクの一種を母船として、出航したそうです。
だったら、地中海に出現しても全然不思議ではありません。
2017/10/1(日) 午後 0:07 [ タップリ ]