こんにちは、ゲストさん
ログイン
Yahoo! JAPAN
すべての機能をご利用いただくためには、JavaScriptの設定を有効にしてください。設定方法は、ヘルプをご覧ください。
[ リスト ]
ウィンブルドン大会がはじまった当初(1877年)、サービスは、アンダーハンドで打たれていました。つまり、文字どおり「サービス」だったのです。それもそのはずで、その当時のロウン・テニスは男女がペアを組んで楽しむ「ミックス・ダブルス」が中心だったからです。男性はすべからく女性に優しくなくてはジェントルマンとは言えません。ですから、最初の第一打であるサーブは、相手の女性に打ちやすいサーブを送り出さなくてはなりません。
ところが、ウインブルドン大会のような懸賞金のかかったテニス競技選手権大会となりますと、話は別です。なんとしても相手を倒して懸賞金をわがものとしなくてはなりません。そのために、技術・戦術がいろいろ工夫されます。サービスも同様でした。ウィンブルドン大会のはじまった翌年の第2回大会には、すでに、サービスで相手をくずす工夫がなされます。より強いサービス・ボールを打つために、打点を高くして、サイドハンドから打ち出します。そして、さらに第3回大会には、さらに打点を高くするためにボールを高くトスして最高打点からサービスを繰り出します。第4回大会(1900年)には、もうすでに「キャノン・サービス」(大砲サービス)ということばが使われています。このようにして、攻撃的な「サービス」が誕生するわけです。
もともと相手の女性への「奉仕」であったはずの「サービス」が、もっとも攻撃的な手段に変化して、すでに100年が経過しています。その間、「サービス」の意味内容がまったく変化してしまったにもかかわらず、こんにちもなお「サービス」と呼ばれつづけているというわけです。これもまた、不思議な話ではあります。
「名古屋朝顔:その5・・師匠・作」 師匠の高橋さんの作品と、展示会の様子です。 今年も又、苗を貰って楽して楽しみたいと不埒なこと考えています。...
2006/2/9(木) 午後 6:44 [ 一言居士の「思いつくまま!」 ]
=== 日本初のオリンピック・メダリストはテニス選手 === === 日本で最初にオリンピックのメダルを取ったのはテニス選手であった。 === {{{ 1920年(大正9年)場所はオランダ・アントワープ、近代オリンピックの第7回大会。日本のテニス代表選手は、熊谷一弥、柏尾誠一
2006/3/18(土) 午後 7:47 [ 自然体で、興味を持ったことを、・・・ ]
すべて表示
小川菜摘
シルク
浅香あき恵
[PR]お得情報
その他のキャンペーン