滋賀県彦根市の地名・・共に今はない!!
内大工町:江戸期〜明治12年の彦根の城下町の中の町。大工が集住していたことによる。
内船町:江戸期〜昭和45年の町名。船着場があったことによる。
「内」地名の由来について、下記のことをお考えになった方がおいでになります。
(1)アイヌ語の川という意味のナイ(内)にあてた地名(後にウチと読むようになった)
(2)鎌倉時代以降の武士の屋敷地内を垣根(かきね)や濠などで仕切り、その内側を垣内と呼んだことから、地名に内の字がつけられた。
(3)鎌倉時代以降の開墾(かいこん)地や開発予定地の垣の内側の地名にも内の字がつけられた。
(4)鎌倉時代以降の豪族は多数の武士を家来とし、家来たちはそれぞれ濠をめぐらしたり、土堤や垣根をつくったりして屋敷を構えた集落をつくったが、その屋敷の地名を、何々内と呼んだ。
彦根の地名はこれらに該当しないようですが・・・
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大阪には内平野町、内本町など内冠付き地名があります。江戸以前の旧市街地のようです。その前は大阪城のうちのようです。
2008/6/14(土) 午後 9:55 [ - ]
12年間、大阪で仕事をしていましたが・・地名について、眺める余裕ありませんでした。
ちなみに仕事場は、堺筋本町でした。本町の地下の居酒屋:伊藤忠ビルの下、懐かしいです。
2008/6/14(土) 午後 11:48
そこ、もしかして昼はそば屋だったところかな。昼夜よく行きました。おそろしい偶然の連続。
2008/6/18(水) 午後 9:01 [ - ]
そんなところもあったと思います。軒並み行ってましたから・・・
世間は狭い!!実感でございます。これからもお手柔らかにご指導下さい。
2008/6/18(水) 午後 9:13