滋賀県東近江市の地名
金堂:「輿地志略」は、聖徳太子建立の金堂が当地にあったことによるとするが、詳細は不明。
原書の記載では???
『近江興地志略』は金堂村浄栄寺の項で「聖徳太子この地に憩息したまふ。不動坊という僧はなはだ尊敬し、太子を遇する事よし。相興に計り謀りて寺院を建立したまふ。始めに金堂を建てたまふ。よりて村の名とす。」との伝承を収録している。
「金堂地名」は下記の9個所のようです。
宮城県石巻市北村金堂一(かねどういち)
宮城県石巻市北村金堂二(かねどうに)
秋田県仙北郡美郷町天神堂金堂(読みの確認できず)
秋田県仙北郡美郷町六郷金堂(ろくごうかなどう)
福島県双葉郡楢葉町北田金堂地(きただこんどうじ)
愛知県豊川市久保町金堂(読みの確認できず)
愛知県宝飯郡御津町広石金堂(ひろいしかなどう)
滋賀県東近江市五個荘金堂町(ごかじょうこんどうちょう)「こんごう」の読みも??
徳島県徳島市八多町金堂(はったちょうこんどう)
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先だっての「高月」について、陸奥六郎源(毛利・森)義隆流、若槻兵庫頭康良九代の孫攝津高槻に住し、高槻を家号とし、その子吉久は近江国高月に住し高月に改めた。家紋、丸に上、三蝶、丸に二引。『源氏740氏族系図代第1巻・千葉琢穂編・展望社』でした。
2006/5/10(水) 午後 5:02
ムムム・・・・・ものすごい記憶力、資料の豊富さ恐れ入ります。益々ご指導の程よろしくお願いいたします。
2006/5/10(水) 午後 6:24
先日の森(毛利)義隆の嫡男頼隆が現信州長野市若槻、高槻に住し若槻、高槻お名乗った出典も同じです。その子孫が大阪高槻に、そして高月にと言うことのようです。槻はケヤキの古名とも聞きました。義隆はほかに香月の祖とも書かれています。神戸市に高月さん香月産でしたかが多いのも理解できます。
2006/5/10(水) 午後 9:35
地名と人名の関係、切っても切れない地域もあるようです。その観点からのご指導ありがとうございます。
2006/5/10(水) 午後 9:45