平安時代のはじめ、平城天皇の大同元年(806)のとき、五畿七道の諸国は、その国内の郡ごとに倉を建てて、毎年正税稲を積んでおき、郡ごとに41束を献上することとされおりました。
このような倉を建てる場所は、農地の開けたところで、都への運搬など交通の便利なところを選ぶのは自然なことです。
御倉町は、この条件によくあてはまり、この付近の重要な道路は、矢橋から御倉・上笠・芦浦へと通じる芦浦街道があり、一方湖岸に出る水路もあって、大津へ米を運ぶのはたいへん便利であったといえましょう。
特に、御蔵を「玉出の御倉」と言ったとも伝えられています。官倉がここに設けられ、穀倉地湖南・栗太郡の中心にあるこの地に、たいせつな近江正倉の一つが設けられたことから、御蔵という地名が生まれたものと考えられます。
『草津のふるさと文化 むかし話地名民具』
昭和55年3月31日発行 草津市教育委員会
「御倉」地名の所在地
青森県弘前市 御倉石(みくらいし)
青森県十和田市 御倉山(おぐらやま)御倉半島(おぐらはんとう)
秋田県秋田市 御倉岩(みくらいわ)
秋田県横手市 平鹿町下鍋倉 御倉前(おくらまえ)
福島県福島市 御倉町(おぐらちょう)
長野県岡谷市 御倉町(おくらまち)
滋賀県草津市 御倉町(みくらちょう)
京都府京都市 中京区 御倉町(みくらちよう)
熊本県八代市 御倉(おくら)
鹿児島県いちき串木野市 御倉町(おくらちょう)
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しょうぜいとう【正税稲】奈良・平安時代、正税として納められた稲(いね)。
しょうぜい【正税】律令制で、正倉に貯蔵された官稲。毎年出挙(すいこ)し、利稲を国・郡行政の財源に充てた。大税。おおちから。
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2008/7/30(水) 午前 8:48
正税・正税帳などについて→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E7%A8%8E
2008/7/30(水) 午前 8:52