草津市の町名のなかには「笠」をつけたところがいくつかあり、上笠町もその一つで、かっては笠縫村上笠と言いました。
遠い昔、北大萱にありました宝光寺の四つの別院の一つに「笠堂醫王寺」という寺があって、これが「下の笠堂」に対して「上の笠堂」と呼ばれたようです。
「笠」と言う呼名は、6,7世紀この付近に勢力をもっていた笠朝臣や笠臣にちなんでつけられたものでしょう。
ところが、室町時代から地名として、この町が上笠図内とか、上賀佐の中村などの名で呼ばれ、多くは上笠中村とされています。これはおそらく上笠図が川原、野村も含めた広い範囲を占め、その中心地であったことを物語るのでしょう。
この町で江戸時代、慶長18年(1613)大久保忠鄰(小田原城主)が冤罪をうけ、徳川家康の命によって、この地にちっ居を命ぜられましたが、のち罪のないことがわかって許されました。しかし、それを受けたら将軍の不明を天下に知らすことになると言って江戸には帰らず、のちには彦根で死んだという逸話があり、今も上笠町には彼の住居跡が残されています。
『草津のふるさと文化むかし話地名民具』
昭和55年3月31日発行草津市教育委員会
「上笠」地名の所在地
宮城県東松島市 浅井 上笠松(かみかさまつ)
秋田県山本郡 三種町鵜川 上笠岡(かみかさおか)
新潟県新潟市 南区東笠巻 上笠巻(かみかさまき)
岐阜県大垣市 上笠(かみがさ)上笠町(かみがさちよう)
三重県いなべ市 員弁町 上笠田(かみかさだ)
滋賀県草津市 上笠(かみがさ)上笠町(かみがさちょう)
奈良県宇陀市 室生区 上笠間(かみかさま)
岡山県瀬戸内市 邑久町 上笠加(かみがさか)
山口県周南市 大河内 上笠野(かみかさの)
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