土地の利用がだんだん進んで、特定の集団とか個人が、それの占有を必要とするようになって、一つの地域に対してそのことを表わす呼び名が付けられたものをこれにまた次の三通の別があった。そのひとつは (イ)経済上の事情を反映したもので、新しく土地を開いた場合である。そしてこの中にはそれが開かれた時代や開拓の仕方をかなりはっきりと止めているいるものがある。たとえば、名は中世所有者の名をつけて呼んだ土地があることは、家々の苗字なども実はそこに由来しているもが多いわけである。つぎは、 (ロ)信仰の状態を示したもので、村の神社・寺院に関わるものから、民間信仰・俗語などに関わるものが含まれていることがある。その最後は (ハ)制度・法制によるもので、この谷筋にはあまり関係したものは見られないようであるが、古くは条里制にもちとづくものなどがそれであった。その地境を示すものとか、占有地名にはまた、利用地名をそのまま用いたり、さらに地域を拡大して名付けたりしたものが少なくない。それに漢字を宛てたり発音が変わったりして意味の取れなくなったりするものがある。 前代の地形名や法制語などはその一部で、たとえばアイヌ語と関係がありそうに思われるといったものなどは、その解釈に十分注意が必要である。 地形にもとづく地名がだいたいにおいて古いと思われているが、利用地名が占有地名よりすべて先に名付けられたとは限らない。利用地名も必要に応じて新しく付けられたものがあったからである。 『朽木村志』朽木村教育委員会 昭和57年3月30日 |
地名のルーツ
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角川書店刊 太田亮氏編 姓氏家系大辭典には(筆写できなかったので記憶ですが)
武蔵衾村の大族。吉良家家臣栗山勘解由某の末
とありましたので、この栗山勘解由がつかめると謎は解けるんではないかな?
北条氏、吉良氏の家臣に名が見られないとすると、江戸氏、太田氏、徳川氏など武蔵を所領した氏の中で小田原攻めで帰農するような関係のところを探す必要があるかも。
東海道は江戸記前は海路でしたので、東海道が陸路として整備されたころが目安かなぁ。
海路であった東海道の東の先は上総、下総で四街道市に栗山があり、千葉氏族臼井氏系の栗山氏が居たらしい。千葉氏も後北条氏とともに豊臣と戦った口であり、敗北後は徳川配下になっています。
じゃなければ播磨の栗山氏関連なんでしょうけど。
2008/9/20(土) 午後 4:32 [ 出雲守 ]
イロイロ勉強されたようで、甚七も刺激を・・・頂きました!!
これからもこのような場が提供できれば思っています。
2008/9/21(日) 午前 8:23
近所の市立図書館で調べましたが、吉良家家臣栗山勘解由某以上の情報は見つかりませんでした。
田舎の図書館ですし、他所の地域のことの書籍まであるわけではないので。
wikipediaで出てくる、練馬一丁目から四丁目にかけての小字名に栗山があることすら、角川の地名大辞典にはでていません。
というか、角川地名大辞典の愛知県と東京都のには小字が載っていない。岐阜と滋賀のにはあるんだが。載せたら膨大だからかなぁ。他の道府県は確認していないけど。
http://members.jcom.home.ne.jp/bamen/ichizoku41.htm#kuriyama
http://www.niiza.net/bunkazai_site/index.html
2008/9/22(月) 午後 7:07 [ 出雲守 ]
「日本の苗字7000傑」によると、546位 約36,700 石見の御神本氏流、紀伊の宇佐氏。播磨の村上源氏、後裔に福岡藩栗山大膳。
と紹介されていました。→ http://www.myj7000.jp-biz.net/1000/0100f.htm
2008/9/22(月) 午後 7:25
村上氏流の栗山氏は最初から除外してみています。
この族は結構各地に分散しているらしいのですが、それなりに資料が見つかりそうなので。
平家、北条氏に与しそうなのがないかなと。
2008/9/22(月) 午後 8:15 [ 出雲守 ]
目標を定めて検証する!!大切なことですね。
2008/9/23(火) 午前 6:18
昨日でかけたところで珍な名前に出会いました。地名ではないですが
こちらに来ましたら名前のことが華やかですので「目久田」というお名前です。
地名もあるのかしらなんて思いました。
2008/10/20(月) 午前 1:20
地名は見当りません!!汗;力不足!!
どんな由来のあるお名前なのでしょうか・・・稀少氏名でしょうね。
折角教えていただいたので、お土産に??近い地名で??「目久」地名です。
茨城県常陸太田市 目久保内(めくぼうち)
神奈川県藤沢市 目久尻川(もくじりがわ)
神奈川県海老名市 目久尻川(めくじりがわ)
愛知県一宮市 目久井(めくい)
鳥取県米子市 目久美町(めぐみちょう)
大分県杵築市 目久保(めくぼ)
2008/10/20(月) 午前 7:53
目久保は「目」と「久保」に区切るのが一番かと。
目久尻川は御厨尻川が元とか。目穿り川から転じたとか。
目久井は「むくい」と読むんですね。字面からすると、「目のように」「窪んだ」「井戸(または泉)」といったような感じかな?
目久田氏は加賀藩におられるようです。目久田侍左衞門。
2008/10/21(火) 午後 5:09 [ 出雲守 ]
目久保への対処方・目久尻川の変遷・更には目久井の読みまで、細やかなご指導ありがとうございます。
ことに目久井の読みは、地図サイトで見ますと圧倒的に(むくい)ですね。
2008/10/22(水) 午前 5:39 [ tad*s*i191*0* ]
出雲守さん。有難うございます。吉良家家臣栗山勘解由の話はあります。そして、栗山勘解由の墓石は母方本家の墓地内にあります。播磨の栗山氏については近々行って見たいと思ってます。「原ヶ谷戸村の名主などを勤め、明治には戸長も歴任した栗山家」とは川越街道と思われます。また、新潟糸魚川村上氏栗山城は長野と新潟境です。村上氏滅亡との関係が考えられますが、それが衾栗山氏?は考えにくいと思います。一応現地へ行き調べましたが・・・。
2008/10/25(土) 午前 7:47
くりぼんさんの足は、速い!!即行動(現地視察)
何時もながら感服でございます。
2008/10/25(土) 午前 8:53
寝つけないときに栗山姓についてちょっとネットで調べたりしたことを、今日職安帰りに図書館で調べなおしてみました。
姓氏家系大辭典では栗山氏は上総下総上野下野に多いとあり、大伴姓宇佐氏族栗山氏、藤原氏実頼流益田兼治末栗山氏、村上源氏赤松氏流栗山氏は詳細が載っているがあとは列記のみ。
その中で藤姓鳥海氏の末裔が栗山氏を称し、その鳥海氏は荏原郡南品河に移り住んだとの記述が在りました(筆記していないので記憶ですが)。この鳥海氏は仁賀保の栗山館に住んで由利氏と争い、のちその鳥海氏も家臣に殺されたと。
おそらくこの栗山館に住んだことから一族から栗山氏を称するものが分かれたのではないかと。そして宗主が殺された後一緒に荏原郡へ移って来たのではないかと思われます。間違っているかも知れませんが。
2008/10/27(月) 午後 5:17 [ 出雲守 ]
「興味の柱」しっかり立っていますね!!流石!出雲守さん。
喜んでおられる方がいますよ!!
2008/10/28(火) 午前 6:57
夏に、海べを歩いたときに「目久尻川」渡りました。藤沢市のです。
でも、「めくじり」でした。勝手に呼び名も変えるのですね。
2008/11/10(月) 午前 0:35
神奈川県藤沢市 目久尻川(もくじりがわ)の読みは??不詳?間違い?
→http://www012.upp.so-net.ne.jp/ken/mekujiri.html
→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE%E4%B9%85%E5%B0%BB%E5%B7%9D
2008/11/10(月) 午前 7:00
栗山勘解由について 1525年 北条早雲が一子 北条氏綱が 江戸城主 北条氏綱の家臣 に吉良家 が在り その家臣に現在の目黒一帯を領地として分けた その中の1人が初代 栗山勘解由(1596年没)です。その後を知りたければ 又別途に記載をしますが 多分此処まで間違いは無いはずです
2010/5/25(火) 午後 0:21 [ nta*3*23 ]
よろしくお願いいたします!楽しみに・・・
2010/5/25(火) 午後 5:42
大岡山や谷畑(自由が丘)、平町周辺に勘解由の子孫は分布しています。本家筋は、たしか岡田姓を名乗っていると記憶します。
九品仏、日蓮宗あたりにヒント有り!かな。
2014/2/27(木) 午後 4:39 [ おきょん ]
おきょん さん!コメントありがとうございます。
ボチボチ 勉強させていただきます。
2014/3/4(火) 午後 0:45