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楽しさの陰に、英断・勇気・冬山への畏怖・・・
登山の疲れは、もう取れた頃と思います。
全員、無事に下山できて、本当によかったね。
HANYUU君は、ベテランの山やなので、心配はしませんでしたが、KAWAHARA KATUKOさん、
KONNDOU KIMIKOさんが、登山を断念されたこと、申し訳なく思っています。
狭山Pで全員集合の際、開口一番「さぶちゃん、おどかすなよ。びびってしもたで。」と初参加のYAMAZAKI MASATOくん。
登山準備の警告が、すこし効きすぎたかなと思いましたが、冬山の恐ろしさは、体験したものだけしか、分からないので、お許しを請いました。
「結果よければ、すべてよし」といいます。ひとりでも事故に遭えば、せっかくの登山がつらい経験になります。
八丁堀の旦那広報班長から、隊長よばわりされて、冬山の今回だけは、鬼隊長になろうと決心しました。
HARUちゃんから、一面銀世界との連絡が入って、これは大変だと驚きました。本気になったのは、それからで、
20名の初期高齢者(後期高齢者は75歳からでした。訂正してお詫びします)の登山経験者は少数であり、
自分の冬山経験も、20年の中で数度しかないことに、危機感を募らせました。
典型的な遭難体勢であり、急いで持っていた遭難体験記を4冊、再読しました。インターネットで、尾瀬の気象報道を、何度も見ました。どの情報もアイゼン、ストック必携と書いており、ぎりぎりの時間しかないけれど、参加者に連絡しました。
冬山装備は、当然です。もうすこし早く連絡できたら、万全の装備で全員登れたと思いました。
わたしは、雪山だと気が付くのが遅すぎました。
まことにありがたいことに、HASHIMOTO君のご親戚の若女将さんが、ストック、アイゼン代用のわらひも、そして公認山岳ガイド(NAGAI KAZUHIRO氏、昭和22年生)を、手配してくださることになり、ようやく独り相撲の苦悩から開放されました。
これからも、登山を続けるかもしれないので、今回の行程記録を残しておきます。
記:サボロー画伯
続きは、平成22年 残雪の尾瀬散策:行程記録 に・・・
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