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参加者:20名(名簿は、割愛)
平成22年5月10日(月)快晴
9:00 高速圏央道 狭山Pにて、全5車両、劇的な再会。予定は関越道高坂Pであった。
HASHIMOTO車(東京駅発)、HANYUU車(立川発)、FUJIMURA車(市ヶ尾駅発)、
IWAKADO車、KINUGASA車
狭山Pでの天候は快晴で、残雪の尾瀬は、想像も出来ないほど、暑かった。
(まずいな、これは)とひそかに、つぶやいた。コーヒー、朝食代わりのうどんなど、たべてしばし歓談。
この時点で、羽生君、河原勝子さん、近藤喜美子さん、断念の決心。ひきとめるか迷うところ。
出そうな言葉を飲み込んだ。
11:30 戸倉温泉、龍宮旅館到着、昼食(大おにぎり2個、タラノメ他山菜のてんぷら、味噌汁、お漬物)
あとから聞いたことだが、山菜は、ガイドの永井さんが採ってきたもの。永井さんは、龍宮旅館の先代に、
仲人をしてもらったほどの、親しい関係とのこと。本人は大恩があるのですと、何度も言っておられた。
点呼、危険防止のための、
小班編成:TOMARI(Sリーダー)、KURAHASHI、SAWADA
IWAKADO(Sリーダー)、HAYASHI、YAMSITA、IMAZEKI
HASHIMOTO(Sリーダー)、IKEHATA、SUGII
NAKAZAWA(Sリーダー)、YOKOMAKU、FUJIMURA
KINUGASA(Sリーダー)、YAMAZAKI、SIGEMOTO
遊軍(緊急行動):サボロー 先頭ガイド:NAGAI KAZUHIRO氏
旅館の玄関口で、装備点検、NAGAIさんの指示で、短靴は駄目、旅館支給のゴム長に交換。
靴を新調した武ちゃんの残念な様子。4名は軽アイゼンの準備をしていたが、わたしの3個の予備で
間に合わず、10名は、荒縄を縛ってのスタート。NAGAIさんは先に自分の車で、鳩待峠に待機。
登山グループは、ミニバスで移動。
13:00 鳩待峠到着、天候は曇り、NAGAIIさんは、尻に熊皮、手にスコップのマタギスタイル。
小柄ながら顎鬚も似合い、精悍な姿。下り歩行の注意点など、確認のあと準備体操。
13:20 出発、いきなり雪道、木道は雪ノ下。NAGAIさんの踏みあとを忠実に下降。
登山道は、雪に埋もれて判別がつかない。NAGAIさんの勘をたよりに、安全なスロープを探して下る。
わたしは、2番手で歩き、NAGAIさんの注意を大声でうしろに伝える。
次第に列が伸びて、連絡が届かず、女性を全員先頭グループに編成改造する。
雪道下降で、緊張気味、もくもくと進む。ストックもアイゼン、荒縄も有効のようだ。
小川だけれども、積雪が4−50cmあり、板橋の前後を、NAGAIさんがステップを切る。
ゆっくり、あわてずと連呼。
夏の鳩待峠ー山の鼻までは、木道一本であり、路を間違えようはないが、一旦積雪の中に入ると、
ルートが分からない。
山、谷の形や、大木を目印に、急斜面、クレバスを避けて歩くことになるが、ガイドさんがいてくれて、
本当に助かりました。
出発前の不安が的中して、びっくりしました。
一時間ほどで、平地に入り、「カバアナコケ」(入院騒ぎの野村監督が愛用とのこと)や、熊の爪あと、 最初のミズバショウの小池など、ようやく余裕がでてきた。誰かが飴玉を配ってくれて、緊張をほぐした。
15:30 山の鼻 トイレ休憩のあと出発、
此処からは湿原に入り平坦路、木道上のわずかな雪の盛り上がりを頼りに歩く。NAGAIさんは、
木道両脇、中央の溝をスコップで切りながら、落下防止に努める。懇切丁寧な活躍に感謝。
それでも約半数が穴に足を突っ込む。 HARUちゃんが、腰をひねったようだ。
わたしは、NAGAIさんの力量に安心して、後方にまわる。後ろの方は、踏みあとが乱れていて、
木道から外れているのが、落下の原因と分かる。
「すぐ前の足跡を踏め!」といっても、慣れて来たのか、おしゃべりも始まった。
しようがないなぁ・・・だけど落ちたら骨折だ。あとすこし鬼になる。
目的地の龍宮小屋の手前で、野鹿5頭を発見。雪原にあらわれたミズバショウ(サトイモ科)を
食べに山から下りてきたらしい。
資料では、食害被害を知っていたが、実際見るのははじめて。こんな厳しい冬なら、
許してやりたい心境になる。
17:00 龍宮小屋に到着。にこやかな小屋主のイケメンHAGIHARA氏(HASIMOTO夫人の弟)の出迎え、
NAKAZAWA写真家は、一人遅れて到着。サブリーダーに指名しても、駄目か。
NAGAIさんの話では、尾瀬沼の山開きは5月22日とのこと、どうりで龍宮小屋は貸切になるはずだ。
第一回の平成16年7月18日は、木道冠水のため38会の貸切となりましたが、ツイてるねぇ。
冷蔵庫のビール、焼酎缶は、数量確認のみで、飲み放題。全員フロで一浴び。
石鹸は環境保護のため使用禁止です。
熱い大木風呂で、さっぱりしたところで、
18:30 夕食。小生気が緩んで、何を食べたか思い出せない。山菜と肉料理だったかな?
ビール、焼酎、マートくんが寄贈した山梨の赤白ワインなど、久しぶりの大宴会となりました。窓の外は、
雪景色、舞鶴に帰ったような暖かい雰囲気に、話題は尽きません。
NAKAZAWA写真家の好手際で、ビデオ(KURAHASHI君撮影の上野観梅38会、
京都紅葉狩り38会)とNAKAZAWA君の昨年紅葉尾瀬38会を見る。
弁士の武ちゃんが、大いに笑わせてくれて、芸人にしたいくらい。
小生は、酔いと、おそらく気疲れで、「イビキ部屋」にてダウン。
後で聞くと9:00消燈を30分延長してもらい、談話フロアーで、大酒を
飲みつづけ、武ちゃんが、三笠小の文集を披露して、おいらは酒の肴になった模様。
爆笑の声が階下に響いていた。
「イビキ部屋」では、次郎ちゃんが意外とおとなしく夜明けに「そうじゃないよ!」と寝言だけ、
HAYASHIKOUちゃんの歯軋りが、オッパイを吸う音にきこえて悶々とした。
5月11日(火)曇り
5:00起床、洗面をすませ、フトンを畳んで、外に出る。冷気は厳しいが、すがすがしい。
すぐにNAGAIさんが出てきて、天候や行程の検討をする。
彼は学卒後25年の転勤族を止め、故郷の片品村に帰って、20年のガイド生活を送っていた。
公認ガイドの資格も取り、山の生活を一番楽しんでる様子でした。
「オゴジョ」発見の証明書も見せてくれました。こういう奇特な人たちに支えられて、
尾瀬観光は人気が高いのですね。
6:30朝食 昨夜の飲みすぎ、騒ぎすぎの順に、顔色がすぐれない。「武ちゃん!どうした!」
女性軍は、丈夫だねぇ。疲れを見せず、てきぱきと食事の手助けをしています。
朝のコーヒーは、萩原小屋主人のサービスです。
7:15集合、出発、天候が悪化しそうなので、ガイドさんの指示に従い、早めに撤退する。
山の鼻まで、昨日は3分の2くらいが雪ノ下と思っていたが、一晩で半分くらいに雪が溶けていた。
雪道に厚みがあるときは、踏み抜いても途中で抜き出せるけれど、
薄くなると下まで落ちる危険が増す。
しばらくは、慎重に歩き出しました。休憩を何度も取り、風景を楽しんだり、写真を撮りっこしたり、
昨夜の笑いが戻りました。
夜中に野鹿がミズバショウを食べたらしく、無残な残骸と、木道が泥に汚れていました。
どちらを味方するかは、スペインの闘牛場と同じで、牛かマタドールか?ミズバショウか野鹿か?
9:00山の鼻到着、観光センターで、オゴジョのキーホールダーを、孫の土産に買う。
チョコ、飴玉、SUGIIさんの手つくりバウンドケーキなど、行動食がつぎつぎ出てくる。
NAGAIさんの話では、関西のパーティは、一番飴玉やお菓子をもってくるそうだ。
9:30出発 まだ気候が変わるかもしれないからと、ガイドさんは、着替えを止めたけれども、聞かないねぇ。
昨日と同じルートを戻ると、思っていたけれど、坂道にかかって、上の木道コースに変更。
急斜面あり、木道の合間から、深い水流ありで、慎重に登坂。
11:30 鳩待峠の屋根がみえたところで、小雨が降りだした。まさに間一髪で脱出。
観光センターで雨宿りしながら、迎えのバスを待つ。ガイドのNAGAIさんに全員感謝の拍手。
龍宮旅館の先代への恩返しということで、お礼を固辞されたが、小額を贈る。
12:30龍宮旅館に帰着。HANYUU、KONNDOU、KAWAHARAさん別働隊のお出迎え。
昼食は、小屋からもってきた大おむすび2個に、旅館のサービスで、おいしいスイトン汁、
卵焼き、タクアン漬け盛り合わせなど、いつもご馳走をありがとうございます。
運転手の友には、申し訳なかったけれど、ビールを少々戴きました。
それから、名湯戸倉温泉に入って汗を流しました。ぬるっとして、いかにも温泉。温まりました。
次郎ちゃんのパンツに目がいった晴ちゃん、早速全員に報告。ビキニにハートマークというと、
IMAZEKIさんが即座に「勝負パンツだ!」・・・何の勝負か?
HARUちゃんが、ちょっと来てといい、KINYUGASA、KURAHASI、TOMARIと小生で2階へ。
何だろとついていくと、宴会場。舞台の隅に電動マージャン台があり、KUNUGASA元教授の
伊豆の別荘に運ぶという。呼ばれたメンバーは、マージャン部員。それが重いこと重いこと。
100kgは優に超す重さで、男4人では、階段が降ろせない。
YOKOMAKU君とHASYASHIのKOUちゃんに手伝ってもらい、ようやく玄関口へ。
番外で転落、骨折にならなくて、よかったなぁ。衣笠車は、そのあと帰路は、よたりながら走っていました。
うしろから走っていて、「居眠り運転じゃないか」と電話したくらい。
14:40龍宮旅館出発、若女将さん、ほんとうにありがとう。貴女の気配りがなかったら、遭難していました。
それに、晴ちゃんの奥様からは、「まいたけ」のおみやげまでいただき38会一同、感激しています。
IWAKADO、HAYASHI、YOKOMAKU君3名は、もう一晩滞在して、温泉を楽しんだ。
15:00 帰途、ミズバショウの群生地をHARUちゃんが先導。広大な斜面にみごとな花が咲いていました。
下界は初夏の暖かさで、海抜1400mの尾瀬湿原とは、大きな差です。
なぜか、山上では踏み外しても、すぐ立ち直ったと言ってたJIROUちゃんが、ここで湿原に落ちました。
「災難は、忘れた頃にやってくる」
17:00 高坂P?にて夕食、17名完食して、元気もりもり。
ここで解散。握手ありベッサメム-チョあり、大満足で別れました。
ガソリン代、宴会代、宿泊、食事費をいれてひとり2万円。
SUGIIさん会計幹事をいつもありがとう。
以上で、尾瀬散策の報告を終ります。
記:サボロー画伯
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関東38会
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記事の付録 サボロー画伯による・・
KINUGASA元教授の質問で過去の記録は、
第一回 平成16年(2004年)7月17日(土)−19日(月)
第二回 平成18年(2006年)6月10(土)−11日(日)
第三回 平成19年(2007年)
第四回 平成20年(2008年)
第五回 平成21年(2009年9月26日(土)−27日(日)
第六回 平成22年(2010年5月10日(月)−11日(火)
参考までに、資料名をお知らせします。
1.「山登りのプランと準備」松倉一夫1997年ヤマケイ登山学校 山と渓谷社
2.「中高年山歩き100の危険」ピーアンドエス編1997年新紀元社
3.「死者は還らず」山岳遭難の現実 円山直樹1998年山と渓谷社
4.「アルプス交番勤務を命ず」谷口凱夫1998年山と渓谷社
5.「登山読本」 横山厚夫 1970年 山と渓谷社
6.「山と渓谷 1998年6月号」初夏、花の尾瀬と日光 山と渓谷社
2010/5/20(木) 午前 11:51
甚七御大には珍しい(失礼)冒険珍道中のレポ、楽しく拝見!
しかし、一つの山歩きのレポでも、いろいろあるんですねー
最後にはベッサメムーチョまでついて来るんですねー
いやはや、まいりました(^^)b
2010/5/20(木) 午後 1:44
イロイロな世界で活躍した猛者が沢山いますので、何が飛び出すやらドキドキワクワクものですよ。
このときめく心も何時まで持続するか?先は見えてきています。
寂しさ?刹那さも見え隠れしているのです・・・
2010/5/20(木) 午後 6:29