自然体で、興味を持ったことを・・平成25年6月:間質性肺炎患者に

地名:興味津々。10月30日81万ヒットに。感謝!ギターを手に!高齢・病気を機に

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地方引揚援護局一覧


     局名       所在地    上陸港    開局日       閉局日          備考 

  函館引揚援護局  北海道函館市   函館港    1945年11月24日  1950年 1月 1日  

  横浜引揚援護局  神奈川県横浜市  横浜港    1945年11月24日  1945年12月14日  
  横浜引揚援護局  神奈川県横浜市  横浜港    1947年 5月1日   1955年 7月11日    ※復活 
  浦賀引揚援護局  神奈川県横須賀市 浦賀港    1945年11月24日  1947年 5月 1日  

  名古屋引揚援護局 愛知県名古屋市  名古屋港  1946年 3月26日  1947年 2月 1日  

  舞鶴引揚援護局  京都府舞鶴市   舞鶴港    1945年11月24日  1958年11月15日  

  田辺引揚援護局  和歌山県田辺市  田辺港    1946年 2月21日  1946年10月 1日  

  大竹引揚援護局  広島県大竹町(現在の大竹市) 
                   大竹港    1945年12月14日  1947年 2月21日  
  呉引揚援護局   広島県呉市    呉港      1945年11月24日  1945年12月14日  
  宇品引揚援護局  広島県広島市   広島港    1945年11月24日  1947年12月31日  

  仙崎引揚援護局  山口県仙崎町(現在の長門市) 
                   仙崎港    1945年11月24日  1946年12月16日  
  下関引揚援護局  山口県下関市   下関港    1945年11月24日  1946年10月 1日  

  門司引揚援護局  福岡県門司市(現在の北九州市門司区)  
                   門司港    1945年11月24日  1946年 1月23日  
  戸畑引揚援護局  福岡県戸畑市(現在の北九州市戸畑区)
                   洞海港    1946年 1月23日  1946年10月 1日  
  博多引揚援護局  福岡県福岡市   博多港    1945年11月24日  1947年 5月 1日 

  唐津引揚援護局  佐賀県唐津市   唐津港    1946年 2月21日  1946年10月 1日  

  佐世保引揚援護局 長崎県佐世保市  佐世保港  1945年11月24日  1950年 5月 5日  

  別府引揚援護局  大分県別府市   別府港    1946年 2月21日  1946年 3月26日  

  鹿児島引揚援護局 鹿児島県鹿児島市 鹿児島港  1945年11月24日  1947年 2月 1日 


閉じる コメント(7)

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「かえり船」とは、復員船のことでした。

TBします。お暇な時にどうぞ。

ポチ

2010/6/21(月) 午前 2:45 tatsuya11147

「復員」じっくり拝見させて頂きました。ありがとうございます。

「私の戦後」寄稿しましたが、忘れ去っていたことがよみがえって来ます。

2010/6/21(月) 午前 9:28 甚七

「引揚船」の言葉しかないと思い込んでいましたが、復員輸送艦(ふくいんゆそうかん)・復員輸送船と言う言葉も使われているのですね。

・・→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A9%E5%93%A1%E8%BC%B8%E9%80%81%E8%89%A6

2010/6/21(月) 午後 0:45 甚七

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復員輸送艦とは、海軍で戦後生き残った艦艇を復員に使用したものですね。
駆逐艦・雪風もその一つで、水木しげるはこれで復員したそうです。

2010/6/21(月) 午後 2:52 tatsuya11147

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「ゲゲゲの女房」で、回顧録があればいいですね。
知りませんでした!またひとつ賢くなりました。

2010/6/21(月) 午後 8:00 甚七

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昭和20年(1945)8月15日の終戦から、70年ちかくの年月が過ぎようとするなか、戦争を体験された方々が高齢化し、また亡くなられることで、その記憶を語り継ぐことが難しくなってきています。
しかし、戦後生まれの「戦争を知らない」世代であっても、当時のさまざまな事物や写真、そして人々の語りや記録などから、戦争の体験を知ることができるのです。
紀伊田辺も、最前線で戦った人々や、海外で暮らしていた人々が台湾やインドネシアなどから日本へ帰ってくる際、引揚港としてお迎えした、という歴史があります。
当時のことを懐かしんで、遠くからはるばる、田辺を訪れる人々もいらっしゃいます。
そして実際に引き揚げた方々からは、さまざまな思い出の品、それも戦争を物語るような貴重な資料をたくさんお預かりしています。お預けくださった方々への感謝とともに、皆さんがこの展示をご覧になって、かつての戦争と、引揚港としての紀伊田辺の役割について、いろいろと知っていただければ幸いです。

2014/7/20(日) 午前 9:22 [ 観光立国 地方創生 ]

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舞鶴だけではない。紀伊田辺のほかにもあるのでしょうね。

貴重な情報ありがとうございます。
報道番組を見ていると、今も戦争が各地で・・・悲しい!
穏やかな解決の道は無いのでしょうか?

2014/7/24(木) 午前 10:23 甚七

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