|
城郭が築かれる前の城山が、丘(岡)が延びたように見えたため、「延岡山」と呼ばれていたとする説がある。延岡ボランティアの会九鬼勉会長(63)は、「延岡山に築かれた城が延岡城と呼ばれるようになり、地名につながったと考えられる」と話す。
一帯は、古くは「縣(あがた)」と呼ばれていた。1692年(元禄5年に藩主が有馬氏から三浦氏にかわった際、「縣を改(あらため)て延岡と称す」と、「徳川実紀」に記されている。この頃から藩名などに使われ、明治期に正式な地名になったと考えられている。
読売新聞 2015年(平成27年)4月11日(土曜日)朝刊
|
全体表示
[ リスト ]



[延岡]
「水郷のべおか」。市名は、江戸時代の延岡城下名による。古くは縣(あがた)と称した地、藩主有馬康純の時代、1656年に「県城」を「延岡城」と改め、「県」を「延岡」と改称。「延岡」は、延岡城が築かれた、五ヶ瀬川と支流大瀬川の間に長く延びた丘陵による地形名。チキン南蛮発祥の地。
とのことが・・→http://www.nihonjiten.com/data/249578.html
2015/4/11(土) 午後 5:07
こんにちは。
延岡城の西に西階城址があって、ここがかつての県地方の中心地でしたが、ここの西側は湿地帯でした。ですので、現在では五ヶ瀬川と大瀬川をつなぐ水路が土地を大きく改変することなく設けられています。したがって、2つの川の間の丘陵が伸びていたので延岡という地名が生まれたという説は、実は地形からすると全くありえない話ですねぇ。
むしろ平地(つまりノベ)にある岡と考えるのが妥当かなと思います。
2015/4/19(日) 午後 5:59 [ Solomon ]
> Solomonさん 素晴らしいご見識 ありがとうございます。
多くの地名に関する見解が、飛び交うといいなと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。
2015/4/20(月) 午後 11:22
私の先祖は、高鍋藩士で、「延岡氏」です。氏についてご存知の方がいらっしゃったら、なんでも結構ですので教えてください。
2018/3/18(日) 午前 0:13 [ グリー55 ]