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青森市史によると、広崎藩2代目藩主・津軽信枚(のぶひら)が青森に港の建設を命じた際、家臣の開港奉行森山弥七郎が今の市中心部にあった丘陵に木々が青々と茂る様子を見て、町名を「青森」とするように進言したことが由来とされる。
松が一面に生えた丘陵の高さは約3メートル。漁船が入稿する際の目印になっていたが、年月とともに徐々に小さくなり、明治末期の大火災で松が焼けると、丘陵自体がなくなってしまったという。丘陵があったとされる青森市本町には、「『青森』発祥の地」の解説板が立っている。
讀賣新聞 2015年(平成27年)8月29日(土曜日)朝刊
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入り江の近くに、松の木が青々と生い茂る青森山があった青森市の市名を県名に制定 した。
その青森山の名前は、
(1)磯馴松(そなれまつ)が青々と茂った小高い森であったからという説
(2)アイヌ語で「ア(接頭語)・オ(高くなったところ)・モリ(突き出た丘)」を意味するという説
がある。いずれにせよ弘前藩が1624年に港を開いたときに青森と命名したことによる。
とのことが・・・→ http://homepage2.nifty.com/iitoma/shiryoushitu/kenmei-yurai.html
2015/9/26(土) 午後 2:57