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佐世保市史などによると、鎌倉時代から南北朝時代に記された「松浦山代家文書(まつらやましろけもんじょ)」の中で、一揆にまつわる記述に「させほ」が登場する。少なくともこの頃には「させほ」の地名が使われていたとみられる。
佐世保史談会の中島会長によると、第2次世界大戦以前は、「させぼ」でなく「させほ」と濁らずに発音する人が多かったという。
佐世保港は、ヤツデの葉を広げたような形から「葉港(ようこう)」とも呼ばれる。{サ」「世」「ホ」を漢字の部首に見立てて縦に並べると「葉」になるから、との説もある。
本文<前略>
港に注ぐ佐世保川の流域の地形に地名の由来があるのではーーと考えた郷土史家がいた。「佐世保史談会」元会長の坂田直士さん(故人)。狭い川瀬を意味する「狭瀬(させ)」と、平安時代以降の区画「保(ほ)」が結びついたとの説を2001年に出した著書「佐世保の地名は語る」で唱えた。
由来を巡っては。「サセブ」という樹木が繁茂していたことに注目する説や、アイヌ語や神功皇后の伝説にちなむ説などもある。坂田さんの考えは、地形に着目した点が興味深い。<後略>
讀賣新聞 2015年(平成27年)10月3日(土曜日)朝刊
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ネットサーフィンすると・・興味ある記事が沢山!
そのうちの一つ→ http://www.city.sasebo.nagasaki.jp/rekisi/02/02_column_01.htm
2015/10/16(金) 午前 10:39
こんばんは。
佐世保の保は「港」の意味ではないでしょうか。
対馬・美津島町にも「久須保(くすぼ)」があります。
古い港で朝鮮との交易の拠点だったようです。
保は ホ、ポ で古くは港の地名だったとみています。
さらに韓国には「木浦(もっぽ)」などがあり、中世には
釜山など三つの浦をサンポと言っていたようです。
時代差、地域差があるので参考まで。
失礼します。
2015/10/16(金) 午後 8:39 [ 対馬おもしろ紀聞 ]
> tukumoyamaさん 興味の持てる見方 ありがとうございます。
平かな地名では、このような見方は出来ませんね!
2015/10/18(日) 午後 1:52
こんにちは。
炭坑節で出てくる歌詞は「させほ」で濁っていませんね。
2015/10/21(水) 午前 7:52 [ 伊 謄 ]
> 伊 謄さん 興味あるコメントありがとうございます。
どのように唄われているのか?ネットを眺めてみましたが・・・
「させほ」の歌詞が見つかりません。7番までは見たつもりです。
更なるお願いを・・・歌詞を教えていただけると嬉しい!
2015/10/22(木) 午前 11:05
大昔に自宅にあった民謡の歌詞では、3番が
あなた一体全体どこの人
顔は福岡目は久留米
足は長崎手は肥前
こころ門司門司
気は佐世保
でした。
2015/10/23(金) 午後 1:56 [ 伊 謄 ]
> 伊 謄さん ありがとうございます。
時代とともに、歌詞も変遷するのですね。
地名の変遷もやむを得ないのか?
昨今のひらかなやカタカナ地名への変遷を嫌がっている甚七は、偏屈者?
2015/10/24(土) 午後 2:04
こんにちは。
漢字で佐世保が入る地名ですが、愛知県にもあるんですね。
愛知県岡崎市才栗町字佐世保田
長崎県松浦市星鹿町牟田免字佐世保崎
長崎県松浦市御厨町横久保免字佐世保田代
2015/10/26(月) 午後 1:16 [ 伊 謄 ]
> 伊 謄さん 長崎県以外 愛知県にもあるとは・・・ありがとうございます。
読みは、ネット検索で、地名表記が気になりますが、左世保田(させぼた) 「ぼ」と濁っていますね。
2015/10/26(月) 午後 5:52
ガイドさんが
ほぼ同じと言っていましたが(笑)
私はサセホと言っていました。60数年前の話です。
2015/11/4(水) 午後 8:15 [ 笑み ]
> 笑みさん 地元の方々は、同じ読みではないかと思っていましたが・・・
甚七の好みから言えば、「ほ」ですね!根拠はありません
2015/11/5(木) 午後 4:34