自然体で、興味を持ったことを・・平成25年6月:間質性肺炎患者に

地名:興味津々。10月30日81万ヒットに。感謝!ギターを手に!高齢・病気を機に

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滋賀県栗東市の地名

小柿:大垣料所であったところからきた大垣が転じたもの。
   「大垣料所」聞きなれない語彙。なんのことややらさっぱりわからず!!
   「大  垣」何と読んで、転じたのやら???

「小柿」地名は、現在8ヶ所あるようだが・・・
岐阜県本巣市小柿(こがき)
愛知県岡崎市鳥川小柿(こがき)
愛知県北設楽郡東栄町中設楽小柿平(???)   
滋賀県栗東市小柿(おがき)
兵庫県三田市小柿(こがき)
徳島県板野郡上板町神宅小柿(こがき)
熊本県人吉市中神町小柿(こかき)
大分県中津市耶馬溪町大字深耶馬小柿山(???)
       読みが三つもある。「こがき」「おがき」「こかき」。読みの確認できない所が2箇所??
ネットサーフィンしてみると、こんな課題を提起しておられました。
国土地理院のルビは「おがき」であるが、三田市関係の発行物の地名はすべて「こがき」である。なぜ違うのかわからない。
いつも疑問を残しているのですが、今回は、全く「だるまさん」 ;汗;)

「茶屋」地名について

茶屋地名に興味をお持ちの方からの質問に、呼応して・・・中途半端:汗;
茶屋地名は、現時点で、住所からみると、全国に「151」あるようです。内訳
茶屋川 斗内茶屋場 茶屋前 楢山茶屋場 二軒茶屋(2) 茶屋下 藤琴上茶屋 金沢御茶屋 上茶屋町 山添茶屋 茶屋下 渡利茶屋 石山御茶屋場山 小田川茶屋 白坂御茶屋 束松別茶屋 茶屋町(10) 茶屋新田 三軒茶屋 お花茶屋 湯本茶屋 西白根五軒茶屋 茶屋ケ原 追分茶屋 土山三軒茶屋 戸破茶屋町 串茶屋町 鼎上茶屋(2) 富士見原ノ茶屋 上茶屋町 下茶屋町 茶屋新田 酒倉茶屋 茶屋坂通 茶屋が坂 茶屋新田 西茶屋 東茶屋 新茶屋 西茶屋 東茶屋 御茶屋 嫁ケ茶屋 茶屋(5)元茶屋(2)茶屋前 茶屋ノ下 御茶屋 御茶屋場 茶屋河原 茶屋田 萩原御茶屋 御茶屋下 御茶屋 茶屋場 茶屋間 茶屋ノ田 頭茶屋町 茶屋坊 北茶屋浦 岩波字茶屋 富栄字茶屋貝津 富栄字道上茶屋 茶屋浦 新居屋茶屋 鎌須賀茶屋 深溝茶屋畑 富栄茶屋貝津 富栄道上茶屋 岩波茶屋 伊奈茶屋 高茶屋(3) 中村茶屋 新茶屋 院茶屋 吉祥院西ノ茶屋町 音戸山山ノ茶屋町 黒茶屋町 勧修寺下ノ茶屋町 髭茶屋(2) 御陵御茶屋山 茶屋ヶ迫 茶屋裏 法貴茶屋 法貴茶屋下又 柿花茶屋 平川茶屋裏 岩田茶屋 八幡茶屋 薪茶屋前 円明寺茶屋前 大山崎茶屋前 奥山田茶屋垣内 奥山田茶屋田谷 平尾茶屋前 下島茶屋ノ前 菱田茶屋前 田山茶屋出 天下茶屋(3) 萩之茶屋 中茶屋(2) 茶屋町 関茶屋 磯島茶屋町 茶屋之町 切畑茶屋 石道茶屋三日月茶屋 下茶屋 三茶屋 茶屋ノ丁 茶屋町 大谷茶屋 御茶屋町 広瀬茶屋 浜ノ茶屋 小月茶屋 下岡枝茶屋川 船木茶屋 お茶屋町 波川茶屋が鼻 茶屋の原 新茶屋 長浜新茶屋 元村郷茶屋ノ本 上野茶屋ノ元 荒武茶屋''' 木場茶屋町 上ノ茶屋

ネットサーフィンして、興味ある茶屋地名のルーツ 独断と偏見に満ち満ちて・・
天下茶屋村は、もとは勝間(こつま)村の出在家で勝間新家村と称されていたが、寛政十(一七九八)年刊の『摂津名所図会』によると、その昔豊臣秀吉が堺へ往来した時に、この地にあった茶店で御輿(みこし)を止める風景を賞したことから、天下茶屋の地名が付いたという。
 その茶店というのが小兵衛屋敷である。寛政六年刊の『住吉名勝図会』には、「その時の茶器并びに殿下入御の亭今なほ存せり」と記されており、秀吉が立ち寄った時の茶器と亭が残っていたと伝える。さらに安政二(一八五五)年刊の『浪華の賑ひ』も、秀吉休息の建物の跡が茶店の庭中にあると紹介している。当時、小兵衛屋敷は天下茶屋として、世に知られていたのである。
「テンガチャヤ」大阪市西成区。南海本線天下茶屋駅。由来は,その昔豊臣秀吉が茶会をこの地で開いた事から,天下茶屋と呼ばれるようになった。
住吉大社の西大鳥居を南へいった細井川にかかる御祓橋の橋畔にあった小町茶屋は、参詣者のための休息所で、この茶屋の艶麗な主婦が座にありながら、長い柄杓の上に茶碗をのせて茶をすすめていたという話が残っています。名の由来は小野小町が住居していた跡であるからとの説がありますが、確かではありません。
旅人が休む四軒の茶屋があり、四つの茶屋が転じて四谷になった。
三軒茶屋は江戸時代に、交差点付近に店を構えた信楽(のちの石橋楼)、田中屋、角屋の3軒の茶屋を地名の由来とし、大山・丹沢へと参拝に詣でる旅人の休憩処として発展しました。ちなみに、現在の玉川通りである大山道は、文化文政の以前は代官屋敷経由の現世田谷通りが本道でした。3軒の茶屋も田中屋が陶器屋として現存する以外は姿を消し、以前の石橋楼の前に、現在も残る1749年に建立された大山道標だけが当時の面影を今に伝えています。
この地名の由来となった三本の松だけを背景に三本松茶屋はありました。
現在はその松もなく、代わりにかつてあった場所から少し離れたところに“第二の三本松”として
三本のカラマツが植えられております。
姥ヶ茶屋という地名の由来は、おそらくばばあが茶店をやっていたからでしょう。
特にこれらの地名も気になる!!「二軒茶屋」「四軒茶屋」「七軒茶屋」「爺ヶ茶屋 」
とりあえずこの辺で・・・・・・・

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