地名のルーツ〜野路町〜
草津市の町の中で、この町ほど紀行文や歴史書の中に多くその名をとどめているところはなく、「野路の篠原」として和歌などにも数多く詠まれています。
近江路や 野路の篠原 夕ゆけば 志賀よりかえる笹波の風(捨玉集)
は、代表的なもので、このような歌が数多く詠まれるようになったのは、この地に野路の宿がおかれにぎわったことに起源します。
都から東下りの旅人が、逢坂山をこえ瀬田の唐橋を渡って、一里山のだらだら坂経て野路の玉川に達すると、そこは今までとちがった広々とした野原の一本道となりますから、野路という実感を持ったことと思います。
ことに都から離れ、東国への長い旅路を思うとき、はるか左手にかすむ琵琶湖の面、紫に煙る比叡、比良の山並みを望み、言い知れぬ思いに胸を打たれたことが想像されます。そのような哀愁を帯びたほとんどの歌が、野路の篠原という言葉の中に、含まれていると思われます。このような土地がらが、やがて地名となって野路と呼ばれたものでしょう。
この地にまつわるお話も悲話が多く、たとえば平宗清(平宗盛の子)の最後の地である話であるとか、佐々木高綱の馬子切りの話などがあります。また、源平以後の争乱に多くの人家が戦災をうけたことはもとより、幾百人の人たちがその犠牲になったものか、今も町のあらゆるところに石仏の埋まっていることも、この土地の歴史上の位置を示しているように思われます。
『草津のふるさと文化 むかし話地名民具』
昭和55年3月31日発行 草津市教育委員会
「野路」地名の所在地
山形県鶴岡市 越沢 野路沢(のろさわ)
栃木県日光市 足尾町 野路又(のじまた)
東京都町田市 小野路町(おのじまち)
愛知県豊川市 八幡町 野路(のじ)
愛知県北設楽郡 設楽町三都橋 観野路(かんのじ)
滋賀県草津市 野路(のじ)野路町(のじちょう)野路東(のじひがし)
野路小野山製鉄遺跡(のじおのやませいてついせき)
京都府城陽市 富野野 路地(のろじ)
兵庫県神戸市 須磨区妙法寺 上野路(うえのじ)下野路(しものじ)
広島県東広島市 野路山(のろやま)
福岡県北九州市 若松区 花野路(はなのじ)
長崎県五島市 吉久木町 野路河(のろごう)
大分県中津市 大字丹生 野路(のじ)
三光臼木 野路(のじ)三光土田 野路(のじ)
宮崎県西都市 三宅 野路(のじ)
昨年9月の記事から
野路(のじ:NOJI)【草津市】野の道へ入る入り口
季刊「湖国と文化」(2004年4月:91号)より
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