日本最初の歌集である『万葉集』に、
「淡海のや 矢橋のしぬを矢はかすて まことあり得むや こひしきものを」
とあり、八世紀天平の昔にこの地の名がうたわれています。これ以来近世まで、天下の景勝地「矢橋の帰帆」として余りに有名です。
歌や書物によると、矢橋は矢走・矢馳・矢八瀬などがあり、いずれも矢の字が用いられています。恐らく、この中で土地柄を現したのは矢走・矢馳でしょう。
この湖岸から大津や西江州は近くにあり、昔から近い航路として栄えたのでしょう。春の東風、冬の比良おろしの「早て」は、湖上を走る帆かけ舟を矢のように走らしたもので、このような光景から矢走の言葉が地名になったと考えられましょう。
少し話はかわりますが、この地の鎮守は鞭崎神社で竹にちなむ社名です。また少し離れてはいますが、矢橋街道を東にたどりますと矢倉という土地があります。いずれも矢作りにはなくてはならないたけに関係する社名や地名であることも、矢橋の地名が無関係であるとはいえないと思います。
『草津のふるさと文化 むかし話地名民具』
昭和55年3月31日発行 草津市教育委員会
「矢橋」地名の所在地
岩手県二戸市 八っ矢橋(やっやはし)
栃木県鹿沼市 上矢橋(かみやばし)
三重県桑名市 三ッ矢橋(みつやばし)
三重県鈴鹿市 矢橋(やばせ)矢橋町(やばせちよう)
滋賀県草津市 矢橋町(やばせちょう)矢橋帰帆島(やばせきほんじま)
矢橋大橋(やばしおおはし)
熊本県天草市 大矢橋(おおやばし)
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