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2008年07月28日
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南山田の一部で、浜よりにある地域を不動浜と言います。 この地名を語るとき、当地にある廻向山西光寺におまつりされている二尺五寸の不動明王の伝説を忘れることができません。 この仏像は、任明天王の承和5年(838)知證大師の作だと伝えられ、叡山の西光坊の本尊でありました。応仁の乱のとき(一説には元亀の乱と言われる)、大災から救い出して湖水に沈めて再会を願いましたところたまたまこの地の猟師が湖中に不思議な光を放ちましたので、湖水に仏様を沈めた和尚さんに告げ、仏像を引きあげましたところ、さきの不動明王だったのです。そこで、この地にあった仏堂にまつり、寺名を西光寺と改めたということです。 ところが、江戸時代の元和8年(1622)膳所藩主菅沼正芳が、この不動明王を膳所に持ち帰っておまつりしたところ、夜ごとに「山田へ帰りたい、山田へ帰りたい」とのお声がしますので、この不動浜に帰されたということです。 このようなお話は、有名な寺院の仏像によくあり、不動浜という地名にふさわしいと言えるでしょう。 このほかに不動浜と言う地名の由来として、近江朝時代この地に官倉に不動倉があったのではないかとの説もあることをつけ加えておきます。 なお、今の西光寺立派な風格のある本堂は、栗東町の有名な古寺・狛坂寺の本堂を移築したものです。 『草津のふるさと文化 むかし話地名民具』 昭和55年3月31日発行 草津市教育委員会 |
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