川らしい川もないこの町が、木川町と名づけられているのには、それだけの理由があります。もちろんこの町の東端を流れる草津川は、砂川とも呼ばれ昔から常に水のある川ではありません。今のような天井川になったのは、江戸時代方であると考えられています。
ところが、木川という地名が出てくるのはとても古く、栗太郡内でも最も早く出てくる庄名です。このように考えてみますと、他には木材を運送できるような川があったとしか考えられず、このことを推定できる二つのことがらがあるのです。
その一つは、現在南山田町を流れている伯母川は、平安時代条理が整えられるまで、草津の立木神社付近からこの木川町へ直流していたということです。今の伯母川が立木神社の北で直角に二度も曲がり、それが見事に条里制に合致しています。このことはおそらく当時、川筋を人口によってつけかえたと思われます。そして、その流れの跡を示すように木川町のちかには、かっての川底と考えられる土砂の堆積を見ることができます。
もう一つは、当町よりおよそ500メートル離れた五条(北山田町)に伊勢所という地名があり、そこへ木川町から川が続いています。太古、皇大神宮が丹後より伊勢へ移るとき、上陸されたところといわれており、確かに琵琶湖の水位の高かったころ、港であったことは地名からも推察できます。
このようなことから、この地には水量の豊かな川が流れ、上流の産地から木材輸送に利用されてその集積地から生まれた地名でしょう。また、平安期の大寺木川寺があり早く開けたところで、青花紙の発祥地としても川にちなんだ孝行娘の話にも深い趣があります。
『草津のふるさと文化 むかし話地名民具』
昭和55年3月31日発行 草津市教育委員会
「木川町」の所在地
滋賀県草津市 木川町(きのかわちょう)
大阪府和泉市 春木川町(はるきかわちょう)
|